音楽家の名言 檜山乃武 ヤマハミュージックメディア
歴史に名を残し、そして今も聴かれ続ける音楽を残した音楽家たちも、一つの道を究めた我々の先輩といえるでしょう。
その音楽家の残したものは彼らの音楽だけではありません。彼らの残した言葉にも、我々をハッとさせてくれるもの、何かに気づかせてくれるものがあります。
この本は、そんな音楽家の残した言葉をつづってくれています。そこには芸術はもちろん、思想、教育、生き方など人生のさまざまな要素に対する示唆が含まれています。
これは音楽の世界、音楽をしている人だけではなく、仕事の場や家庭でも同じだと思います。仕事を後輩に教えるときや、子どもを教育するときにも、当てはまる言葉だと思います。
表紙には「あなたの演奏を変える気づきのメッセージ」と記されています。これは音楽の演奏家だけではなくみなさんに当てはまると思います。
人生はある意味「演奏」だと思います。
お前にとって、お前のうちにしか、お前の芸術によるほか、幸福はないのだ。(P20)
私たちの財産、それは私たちの頭の中にあります。(P24)
ベートーベンとモーツァルトの言葉です。
やはり、万人に受け入れられる音楽表現(悲しみなどの感情や、きらびやかさなど)は、深層意識から湧いてくるものなのでしょう。それを音楽家は音楽として表出しているのです。
アートとはつまり、そういった人間の意識や理想、想像、感銘を受けたことなどを、とくに「言葉」では表現できないものを、他の人にも感じてもらえるように表現することだと思います。
それが絵画でもいいし、彫像でもいいし、工芸品でもいいし、そして音楽でもいいわけです。
ベートーベンは、それまで宮廷用、教会用が多かった音楽に、人々の感情や思いを込めて大衆に受け入れられる形にした点で、革新的だったのです。(『音楽をとっかかりに世の中を見る』の記事もご参照ください)
ぼくは断言しますが、旅をしない者は(少なくとも芸術や学問にたずさわる人々の場合は)実にあわれむべき存在です。(P24)
モーツァルトの言葉です。当時の旅は、馬車などでゆったりとしたものだったのでしょうね。まあ、快適さは難しいかもしれませんが。
たしかに、旅はいろいろなことを気づかせてくれたり、いつもとは違った頭の使い方をさせてくれたりすると思います。
普段いる場所を離れるということだけでも、普段気づかなかった視点で自分の立場を感じさせてくれます。この「日常」から離れるということが、いいんでしょうね。
よく、海外に行くと日本の良さが分かるとか、家を出て一人暮らしを始めると家や家族のありがたさが分かると言います。
最近は新型コロナ感染症の影響ですっかり出張もなくなりました。出張は距離にもよりますが、一つの旅であり、ときどき自分の仕事を見つめなおす時間を与えてくれます。
異郷の地のホテルで一人読書しているとき、あるいは新幹線でゆったりとイスにもたれ、流れる車窓の風景を感じながら読書しているとき、コーヒーをすすっているとき。
そういった経験は、残念ながら最近できていません。すこし愛おしい気持ちになってきています。
作品に忠実な演奏をすることしかないわけですね。もし個性というものがでてくるとしたら、それを繰り返すところから自然に現れてくると思うのです。(P74)
朝比奈隆さんの言葉です。
仕事や技術の修得など、なにごとにも通じることだと思います。
まずは先輩や上司の仕事ぶりをまねて、あるいは教科書を読んで同じようにできることを目指す。武道などではしっかりと定型的な「型」を身に着けることです。
それができて初めて、それでも否応なくにじみ出る個性こそが、本当の個性なのでしょう。
僕の考えでは「ものごとを面白く体験するための5K」というのがあるんです。それは、好奇心、観察力、行動力、向上心、そして謙虚。特に謙虚は大事。一番最初のワクワクした気持ちを忘れないことです。(P75)
これは雅楽家、東儀秀樹さんの言葉です。
「好奇心」は大切です。興味のあることは、どんなつらいことが合わさっても続けることができます。仕事を選ぶときにも、重要な要素だと思います。
「謙虚」については、他の記事でも書かせていただきましたが、いろいろなことを自分に吸収するために必要ですね。
「謙虚」というと、他人に対する姿勢が第一だと思いますが、自分に対する「謙虚」も大事です。
自分の気持ち、ワクワクしたことを大切に拾ってあげて、それを日々の生活や仕事に生かせるようにできれば、楽しくなると思います。
いつもはつまらない雑用やルーチンワークだけかもしれない。そういったことをこなしながらも、ときには時間をみつけて、自分がワクワクすることをしましょう。
どんなに教養があって立派な人でも、心に傷がない人には魅力がない。他人の痛みというものがわからないから。(P110)
フジコ・ヘミングさんの言葉です。
道具でも、ちょっと寂しさあったほうが、味のある茶碗になったり、ちょっと傷があったほうが、歴史を感じたり見る者に様々な解釈や思いを産み起こします。
まったくの新品よりも、使い古された道具のほうが、味がありますし、なによりそれを使って来た人にとってかけがえのない品物でしょう。
人間も、順風満帆で人生を傷なく進んできた人には、あまり面白みはないものです。というかむしろ、そんな人はいないでしょう。
つらい経験は他人に対する思いやり、心の洞察力を養います。自分という人生を進むための道具を、しっかり使い込んできた証だと思います。
インスピレーションを待っていたらなにも書けない。私は毎朝必ず作曲をする。そうすると神様がインスピレーションを送り込んでくださる。(P126)
これは、チャイコフスキーの言葉です。
そうですね、たしかに「あっ、いいこと思いついた!」と思って書き始めることは、ほとんどないと実感します。
こういうブログなどの記事を書いていても、ときどき感じることがあります。いい文章を思いついてから書くのではなく、なんだかんだと書いているうちに、ふといい文章が出てくるのです。まあ、そんなにいい文章があるわけではありませんがね。
ひたすら言葉にして頭の中を取り出しているうちに、頭の中も整理整頓棚卸しされ、奥にしまい込んでいたものがチラリと見えたりするのではないかと思います。
日常生活のちょっとしたアイデアや、仕事上のアイデア、tipsといったものも、もちろんいい音楽もそのように生まれるのだと思います。
ルーチン作業、雑務をこなすうちに、ふと自分の思考や技術をレベルアップする変化が起きたり、新しいアイデアが生まれたりします。
ゲームのRPGなんかで次々に戦っていると、経験値がある程度たまって不意にレベルアップするような感じでしょう。
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音楽を人生の軸として、世界を切り取り、とっかかりをつくり、あるいはとっかかることができずに悩んだ音楽家たちの言葉でした。
我々も、仕事なり学業なり、家庭での立場なり、なにかしらの人生の軸をもって生きています。その軸を足場に周囲を見渡して歩いています。
ここで紹介した言葉たちは、音楽家の名言ではありますが、どんな仕事でも、その仕事を軸に人生を見渡すと、やはり同じような考え方、言葉が出てくるのではないでしょうか。
だから、こういった言葉を集めて、読んでいても、自分たちにしっくりくるところがあるのだと思います。
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本としては「言葉」を集めるしかありません。そして「言葉」はいわゆる芸術とは異なり比較的分かりやすく我々の中に理解を産みます。
(そう考えると、「絵本」というのは「絵:芸術」+「本:言葉」というすごいものですね)
音楽家はその音楽を聴くことが、彼ら彼女らの表現したいことを感じるのには一番かもしれません。ただ、こういった「言葉」を通して聞くことも良いのではないでしょうか。