いまさらですが、アドラーの思想

2020年10月24日

嫌われる勇気 岸見一郎 古賀史健 ダイヤモンド社

フセンを数えたら、72枚ありました。本文のページ数がおよそ280ページなので、4ページに1枚はフセンが付いていることになります。中には1ページに2枚フセンが付いているページもありました。

本の上から黄緑と黄色のフセンがニョキニョキと生えており、さながら葉をつけた青い根菜のようにも見えてしまいます。

なにをそんなに付けまくったと、初めて読んだ時の自分にいささか薄笑い気味でした。

でも、改めてフセンの箇所を読んでみると、今でも「ふーんなるほど」と感じることが書いてあり、つい読み込んでしまいます。

この本と出合ったのは、記録を見てみると2014年の1月でした。発刊からはしばらくたった頃でしょうか。

私は読んだ本の記録を付けています。簡単な表です。エクセル表で、左から評価、購入月日、書名、著者名、読了月日と。

評価は★(星)1つから5つで、さらに★は青色(これはもう一度読んだり、付箋のところを読み返したりしたほうがいいなという本)や、赤色(これは、とても良い本であり、今後も何回か読み返したほうがいいなという本)としています。

まあ、青の★5つと赤の★4つはどっちがいいのか? などよく分からなくなっている点もありますが・・・。

それはさておき、この本はそうそう出ない赤の★5つの評価をした本でした。

内容としては、一人の悩める「青年」が哲学者(「哲人」)のもとを訪れ、アドラーの思想に触れ、学んでいく話です。

「青年」も、最初は「哲人」の語るアドラーの思想に半信半疑であり、そんなに世の中うまくいくものじゃないという感じでした。

しかし「青年」は、最終的にはアドラーの思想を、そして先生である「哲人」を信じるようになります。そして、アドラーの思想のもとで人生を歩んでいくようになるという話です。

その後の青年の様子については本書では書かれていません。しかし、終章を後にする読者には、わりとうまく生きていける「青年」が想像されるでしょう。(実際には、そううまくもゆかず、続きの話は姉妹書である『幸せになる勇気』となります)

この「青年」のたどる過程は、そのまま読者に映し出されます。読者もまた、「青年」と同じように、この本を読んでいくうちに自然とアドラーの思想を理解し、自分の中に少しずつ沁み込ませることができます。

私もそうでした。この本を読んでから、生き方に対する考え方が、少し変わった気がします。

また、このブログでも随所でアドラーの言葉を引用させていただいているように、アドラーの教えは様々な場面で生きてきます。

この本の発刊後、いわゆるアドラーブームが巻き起こり、書店の一角をアドラーの思想・心理学の書籍が占め、多くの関連書が出版されるようになりました。

また、アルフレッド・アドラーという人物が、フロイト、ユングと並ぶ「心理学の三大巨頭」と称される人物であることが、世に知らしめられたのでした。私も知らしめられたのでした。

著者の岸見一郎さんは哲学を専門とされ、アドラー心理学の研究や古代哲学の研究をもとに多くの講演や執筆をなさっています。

本書のあとも、さまざまなアドラー心理学関連の本を出版されています。私も当時は岸見先生の本が出版されるたびに買いついたものでした。

共著者の古賀史健さんは、書籍のライティング(聞き書きスタイル)によって多くのビジネス書などのベストセラーを手掛けています。

私も、氏の著作の一つである『20歳の自分に受けさせたい文章講義』を読んでみていますが、数ある文章についての本のなかでも分かりやすく身になる本だと思いました。

さて、72枚のフセン箇所をすべて抜き出すわけにはいきませんが、とくに印象に残る部分を抜き出し、ご紹介したいと思います。

著者ご専門のソクラテスにも通じる対話形式の本文を読んでいくと、いつのまにか自分は「青年」となり、「哲人」の言葉により自分が変わっていくのが感じられますよ。

「いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック―いわゆるトラウマ―に苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである」。

(P29)

あなたがいま、いちばん最初にやるべきことはなにか。それは「いまのライフスタイルをやめる」という決心です。

「もしも何々だったら」という可能性の中に生きているうちは、変わることなどできません。なぜなら、あなたは変わらない自分への言い訳として「もしもYのような人間になれたら」といっているのです。

アドラーの目的論は「これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない」といっているのです。自分の人生を決めるのは、「いま、ここ」に生きるあなたなのだ、と。

(P54)

アドラーは「トラウマは存在しない」と言います。「トラウマ」によって「今」が影響されているのは、自分が変わりたくないために「トラウマ」を利用しているだけだ、と。

また、「もしも何々だったら~できるのに」という考えも否定します。それは、自分が~できない言い訳を作っているだけなのです。

「可能性の中に生きる」だけで、実際には何も行動をしないのです。

アドラーはこれらの過程で生まれる対人関係を「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」の3つに分け、まとめて「人生のタスク」と呼びました。

ひとりの個人が、社会的な存在として生きていこうとするとき、直面せざるをえない対人関係。それが人生のタスクです。この「直面せざるをえない」という意味において、まさしく「タスク」なのです。

(P111)

アドラーは「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」といいます(P71)。

この対人関係の悩みについて、実行と克服の場が、仕事、交友、愛というわけです。

仕事は、一人で完結するわけではありません。他の人間との協力により成立します。

しかしこのタスクは、ある程度共通の目標(成果や実績など)が自分の外にあるので、いってみれば“うわべの関係“でも成立するのかもしれません。

交友は、そういった“うわべ”というわけにはいきません。いや実際は“うわべ”だけの交友が多いのかもしれません。

だれか、人生のタスク、対人関係などについて話し合える、影響を与えあえる「親友」と感じられる人が、一人いるだけでも、いいのではないかと思います。

愛については、本書ではこう述べられています。「この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える」と(P116)。

まあ、いろいろあると思います。あまり自分から操作してうまくいくものでもないと思います。

すなわち、「自由とは、他者から嫌われることである」と。

(P162)

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり、自由になれないのです。

嫌われることを怖れるな、といっているのです。

(P163)

まさに「嫌われる勇気」が必要です。

自分の意のままに生きる「自由」とは、重いものです。自由に生きるということは、楽に生きることではないのです。

多少嫌われることもあります。出る杭として叩かれることもあります。出過ぎた杭として、そっぽを向かれることもあるでしょう。

そして、いくら自由に生きるといって、嫌われてもいいといって、「人生のタスク」がうまくいかなかったり、対人関係を損ねたりしてはいけません。

そこで「導きの星」となるのが、次の「共同体感覚」です。

ここでもう一歩踏み込んだところを考えてください。もしも他者が仲間だとしたら、仲間に囲まれて生きているとしたら、われわれはそこに自らの「居場所」を見出すことができるでしょう。さらには、仲間たち―つまり共同体―のために貢献しようと思えるようになるでしょう。このように、他者を仲間と見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、共同体感覚といいます。

(P179)

具体的には、自己への執着(self interest)を他者への関心(social interest)に切り替え、共同体感覚を持てるようになること。そこで必要になるのが、「自己受容」と「他者信頼」、そして「他者貢献」の3つになります。

(P226)

このあたりは、キリスト教の「愛」であるとか、仏教の「利他」にも通じるところかと思います。

自由に生きるためには、ある程度自分も重みを背負う必要がありますが、他者にも迷惑をかけることもあるでしょう。

そんなときに、「導きの星」として、正しい方向に導いてくれるのが、「他者貢献」に代表される「共同体感覚」です。

「他者貢献」、人のためになるかどうか、という点にでもちょっと気を遣えば、決して道を外れた行動にはならないでしょう。

人生は連続する刹那であり、過去も未来も存在しません。あなたは過去や未来を見ることで、自らに免罪符を与えようとしている。過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。「いま、ここ」を真剣に生きていたら、そんな言葉など出てこない。

(P271)

「トラウマ」といった過去にとらわれず、「可能性」といった未来にとらわれず、ただひたすら「いま、ここ」で何ができるかを考えるのです。

「いま、ここ」の究極の考えがマインドフルネスです。刹那刹那に移り変わる自分の状況、周囲の状況に気をつける(マインド)ことにより、より地に足のついた生き方ができるのだと思います。

*****

おそらく、この本が出版されたタイミング、そしてアドラー思想が世に示されたタイミングが、今の時代にマッチしていたのでしょう。

経済の停滞、不信感の渦巻く社会、家庭内暴力や離婚の増加といったことが問題となる社会。働く意義、家庭・親子問題、生きる目的が問い直されている社会。

そこに、「仕事」「交友」「愛」といった人生の3つのタスクという考え方、「共同体感覚」「他者貢献」という仏教の利他にも通じる考え方、「いま、ここ」という、いわば現今の「マインドフルネス」にも通じる考え方を吹き込み、人々に一縷の光を見せたのが、この本だと思います。

今後も、どんな時代でもこういった悩みは人間につきまとうものであり、その都度その都度、読む人になんらかの手掛かりを与えてくれるでしょう。

まさに「新しい古典」と言える、一冊です。

『幸せになる勇気』の紹介記事もご参照ください)

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