なぜ、アート×ビジネスの本がはやるのか?

2020年4月28日

なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館行くのか? 岡崎大輔 SB Creative

こういうタイトルの本をよく見かけます。「アート」が、ビジネスにおける思考や経営戦略に良い効果を発揮するといった内容かと思います。

「アート」というと、絵画がまず思い浮かびます。写実的な絵もあれば、印象派といった、・・・言い方もなんですがタッチが荒かったり、ボンヤリしたりといった印象の絵もあります。

ピカソなどのいわゆる抽象画やキュビズムと言われる絵は、なかなか「解釈する」ことが難しいこともあります。解説を読んでも「フーン」という感じです。

こういった絵を、絵画に限らず彫刻や、書などもそうかもしれませんが、鑑賞することが、なぜビジネスにつながるのか。分かりませんでした。

しかし、以前ご紹介した『芸術とは何か』といった本を読むと、芸術を理解しようとすることは「得体のしれない相手、答えのない問いに対して、いかにとっかかりをつけるか」という、私がいつも考えていることの大きな助けとなることが感じられました。

その後は、こういったアート作品とビジネスや生き方についての本を見かけると、「そうだよね」と思うようになりました。そうであれば、ビジネスにとどまらず生きていくために役に立つのだろうと考えられるようになりました。

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今回ご紹介します本も、世界で活躍するようなエリートは、美術館などで一生懸命アート作品に対峙してビジネスにも応用可能な思考力を養っている、養うことができることが述べられています。

そしてその方法論として、著者の経験や取り組みから編み出した「対話型鑑賞」について書かれています。

私はそんなエリート殿とはかけ離れた存在ですが、誰でも仕事をするうえで、生きていくうえでは「正解のない問題」は次々に出現します。そういった場面で、ちょっと良い思考ができればいいなというくらいに、勉強はしておきたいと思って読みました。

著者は京都造形芸術大学の講師であり、本書で示されるようなアート作品を用いた鑑賞教育の取り組みを人材育成、組織開発の分野において推進されています。

「絵を見る目」は、絵を見ることだけではなく、仕事や生き方にも役立つのです。

さらに、アート作品を鑑賞することは人間の右脳の働きを存分に発揮してくれる面もあると思います。

とかく日常の仕事内容は文書作成や計算などといった左脳寄りの作業になりがちです。そういった中で、アート作品を通した自分の隠れた能力の呼び起こしを考えるのも、いいのではないでしょうか。

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つまり、アート作品は私たちに「答え」ではなく、「問い」を投げかけているのです。(P46)

こうした作品をみることで、「正解のない問題に取り組む力」を磨くことができるのです。(P50)

「事実」を取り出すとは、「作品を言葉で理解する」ともいえます。

・・・作品をみて感じたこと(解釈)について、一度立ち止まって、それが「事実」に基づいているか、かんがえてみることが大切なのです。(P76)

作品に描かれている「事実」を変えることはできませんが、「解釈」を変えることはできます。

「解釈を変える」ということが、まさに自分の「ものの見方」が変わるということです。(P101)

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まず、アート作品の性質と、アート作品を見る姿勢について。

著者は、アート作品とは「問い」をなげかける「正解のない問題」と述べています。

「正解のない問題」に取り組むとき、これまでの教育で「問い→答え」のパターンを解く訓練に慣れ親しんできた私たちは、困ってしまいます。

そうは言っても、世の中は正解の決まっている問題は少ないほうで、過去のデータや経験、知識を動員してなんとか立ち向かっていくのみです。

できること、分かっていることは行い、あとは時間の経過にもお任せしてどうなるか様子を見る、という要素も必要かと思います。アート作品も、日を改めて見ると、違った見方が出てくるかもしれません。

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アート作品は、これは文字情報と異なる点だと思いますが、物事をズバッと直接的に表現していない点が特徴かと思います。このあたりの話は『文字情報の理解と芸術の理解』でも述べたかと思います。

文字情報がある程度直接的にそのものを表現しているのに対して(かならずしもそうではありませんが)、絵画などは見る人の考え方、錯覚、経験との照らし合わせなどにより、解釈が変わります。

たとえば、文字情報としてひらがなで「ひまわり」と書いてあれば、たいていの人は植物のヒマワリを思い浮かべると思います。もちろん、どんな「ひまわり」を思い浮かべるかは、その人の知識や経験によりますが。

しかし、たとえばゴッホの絵画「ひまわり」が目の前にドーンとあるのを見たら、植物のヒマワリであることを認識すると同時に、様々な「事実」に気づき、「解釈」が生まれます。

「自分が思っていたヒマワリとちょっと違う」、「数本ある」、「花びらがクネクネしている」、あるいは、「ヒマワリというと夏の明るい日差しの下の花という感じがしたが、この絵はそうでもない」などなど、いろいろなことを感じると思います。

まず、絵画からこういった事実、そして解釈を取り出すためにも、上にのべたように「言葉」で表現してみるのは必要だと思います。そうすることで、得体の知れない相手がある程度の形をもってくるのです。

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絵画に含まれている事実(たとえば「花びらがクネクネしている」)などを持ってきて、「しおれているのか」「元気がないのか」などと解釈する。

「事実」は、客観的にとらえられる事柄であり、実際に他の人にもそのように見えるのだから、そうそう変えることはできません。

しかし、その事実に対する「解釈」は主観的なものであり、時間をおいて見たり、他の人の意見も聞いてみたり、作者の境遇や心情を知ることによって、変わる可能性があります。

絵画だけではなく、「答えのない問い」にあふれる実生活や仕事においても、この「事実」と「解釈」という考えは重要だと思います。

仕事の結果、顧客の表情、患者さんの一言。そういった「事実」をどう解釈するかということを考えることが、次の一手を決める大きな手掛かりになることもあります。

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対話型鑑賞における3つの質問

・・・対象者の観察力・批判的思考力・言語能力などを伸ばすために有効なものとして、研究データや多数の実地調査によって導き出されたものです。

(質問1)この作品の中で、どんな出来事が起きているでしょうか?

(質問2)作品のどこからそう思いましたか?

(質問3)もっと発見はありますか?(P88-89)

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著者は鑑賞の方法として対話型鑑賞というものを提唱しています。グループになって、発見や感想を述べながら鑑賞を進めます。

自分はこのアート作品を見て、どのような「事実」に気づいたか、どのような「解釈」を生み出したか、といったことを、複数人で述べあい、意見を交換するわけです。

こういった場を設けることは良いことだと思いますが、手軽には家族で一つの絵を見てなんだかんだ言い合ったり、恋人と美術館で絵を見て話したりすることでもいいのではないでしょうか。

絵を見て、「この絵はどう見たらいいか分からない」と思うことがあります。どう見てもいいのでしょうけれど、ここに示してあるような質問を考えながら見ると、いいのではないでしょうか。

質問に対する答えは、それこそ一つと決まっているわけではないので、人それぞれでしょう。見る人の背景や心情によっても、時期によって答えが違うかもしれません。

答えが妥当であるとか、大多数の意見と合っているとかいうことは、問題ではなく、より深く絵を鑑賞するために、こういった質問を切り口に絵にとりかかるわけです。

そうすることにより、美術館などでも絵の前をフンフンと眺めながら通り過ぎるのではなく、立ち止まって質問の3つを考えながら鑑賞することができます。

そして、絵に対する観察力、批判的思考力、言語で表す能力を伸ばすことができます。そういった能力が、仕事の場でも相手となる顧客や患者、同僚、あるいは仕事上のトラブルに対しても役に立つのではないでしょうか。

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もう1つ、今後ますます求められるであろう、重要な力があります。

明確な答えが出ない状態に耐え、考え抜く力です。(P175)

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これについては、『ネガティブ・ケイパビリティ』のご紹介でも書いたと思います。

絵画を見て、はじめはよく分からなくても、じっくりと時間をかけて、あるいは日を改めたり他人の意見を聞いたりしてから見ると、なにか気づくことがあるかもしれません。

人事を尽くして天命を待つということもあります。

そういった姿勢は、すぐには解決できない問題にあふれたこの社会を生きていくために、ある程度必要な能力というか、心構えなのだと思います。

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「経営者の言葉、会議での発言、業績データ、そうした様々なものについて、それをどう見て、どのように考えるかということで、次のアクションや展開が大きく変わってきます。顧客をアート作品に例えるならば、我々は顧客をどう見て、その背景をどう考え、どのように接していくべきなのか、あらためて議論を深めたい」(P185)

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ここでの「顧客」を「患者さん」に置き換えて考えてみると、医師の仕事も同様であることが分かります。

「患者さん」が投げかける様々な事実、これには症状の訴えや病歴、既往歴から様々な検査や画像データもありますが、これらの「事実」から「解釈」を創り出します。

その「事実」と「解釈」を持ち寄り、カンファレンスなどでディスカッションするのです。

よくある、面白くないプレゼンテーションの一つに、「事実」だけをたんたんと述べているものがあります。

「事実」に加えて、担当医が考えた「解釈」も述べてくれると、その解釈に対するこちらの意見を言ったり、事実との関係性から別な意見を言ったりすることができ、ディスカッションの幅が広がると思います。

上級医や同僚なども各々の「事実→解釈」を持っているでしょうから、それらをどう見るのか、どう考えるのかを話いあい、「次のアクション」として、どういう検査を追加するかだとか、どういう治療を行うかなどの方針が決まります。

こういった「事実→解釈」の考え方を鍛えるのに、アート作品を見ることが役に立つのです。「アート作品を鑑賞する」ということを学ぶことによって、ビジネスや顧客への対応を見る目も養われるわけです。

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昔から、「芸術作品は何を言いたいのか、何を訴えたいのか分からない」と感じることがありました。

それはそのはずで、アートとはそういうものなのです。交通安全や選挙のポスターのように示していること、訴えたいことが明確な作品だけではないのです。

まずは「事実」を確認してみて、そして自分なりの「解釈」を作ってみる。その「事実」と「解釈」を、他人と共有したり、意見を言い合ったりして、磨いていくわけです。

見る人それぞれによって、その人の境遇や心情に合わせて幅広く「事実→解釈」ができるのが、良いアートなのだと思います。

そして、こういったアート作品を見る姿勢は、「よく分からないこと」があふれる現代社会を生き抜くにあたって役に立つ、人間にしかできない能力だと思います。

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