アイディアと情熱は自分の「内」に求めるのだ

トゥルー・イノベーション 三木康司 CCC MEDIA HOUSE

イノベーションという言葉は、様々な場面で耳にすることがあります。日本語では「新結合」であるとか、「革新」「新機軸」「新しい切り口」といった言葉で表されているようです。

しかし、使いやすい言葉のためか、安易に使われ過ぎているような気もする言葉でもあります。

「本当に新しいことなの?」と疑問に思うようなこともイノベーションと言われていたりします。

そういった背景も含め、この本では本当の(トゥルー)イノベーションとはどのようなものか、実際に我々がイノベーションを行って自分の仕事や人生を進めていくにはどうすればいいのか、という点が、著者の経験や実例も含めて詳しく説明されています。

とくに、本書には“仏教”の思想を織り交ぜた考え方が基盤にあり、「仏教っていいなー」と思っている私にとって、非常に魅力的な内容です。

また、イノベーションにおける“マインドフルネス”の重要性も説明されています。

実際に今後の社会においては、マインドフルネスと関連するビジネスが広がるとされています。

今のところ、マインドフルネスは瞑想によって、心の状態を良好に保ち、ストレスによる負担を減らすことで仕事や生活を向上する程度と考えられているかもしれません。

しかし、マインドフルネスは今後、モノづくり、教育、ヘルスケアなど具体的なビジネスに根を下ろし、莫大な市場規模を獲得すると同時に、仕事にイノベーションをもたらす方法論としても、広まっていくのです。

著者は大学卒業後に企業に入社ののち経営戦略の研究もされていますが、その後リストラに逢います。

退職をきっかけに坐禅を開始し、坐禅中に思いついたアイディアをもとに起業。マインドフルネスや仏教思想を取り入れた製品開発、サービス開発を行っておられます。

仏教思想やマインドフルネスを実業に取り入れ、それがイノベーションにつながるという考え方と方法論、そして実例が述べられており、非常に面白い内容の本だと思います。

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「マインドフルネス・ビジネス」は「人の心の能力向上を目的としたビジネス」である。そして、「人の心の向上」のための必要要素として、次の5つの要素を挙げる。

1 慈愛心:チームで仕事をするために家庭・職場で必要となる他人を思いやる心

2 集中力:ビジネスでもオフ・タイムでも必要となる、いま目の前にあることをこなす力

3 回復力:ストレスに対する回復力の向上

4 EQ:心の知能指数

5 想像力:多くの企業で必要としている、イノベーションのために不可欠な能力

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マインドフルネスは、もともと坐禅といった仏教瞑想から派生したものと考えられ、アメリカ西海岸を中心に拡がってきました。もともとの仏教からは宗教色を排して純粋な瞑想として行われていることが多くなっています。

当地ではグーグル社など勤務内容にマインドフルネスを積極的に取り入れる企業も多く、上記の1~4の要素を身に付けることで、実際に働く姿勢や環境にも良い影響を与えています。

日本でも10年ほど前でしょうか、流行は拡がってきております。ストレスなど精神のみならず、ストレスから由来する生活習慣病やがんとの関連も指摘され、注目が集まっています。

そして、マインドフルネスのもたらす第5の要素として、イノベーションを起こすための能力「想像力」が挙げられています。

1~4の要素によって、現在行っている仕事の内容や環境改善も、もたらされます。業績第一に考え、職場や家庭、自身の生活や生き方を考えずに仕事をしてきた人にとっては、大きな助けとなるでしょう。

それだけでなく、マインドフルネスは新しいアイディアをもたらし、新しい商品やサービスの開発につながりますよ、という点が、本書の内容におけるポイントの一つだと思います。

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「新結合」とは、既存の常識では結合することが想定されていないまったく異なる要素を結合させて産業を興し、経済的な価値を生み出すことである。つまり、想定外の分野をつなぎ合わせることで、従来とはまったく異なる価値を生み出すことである。(P64)

これまでのビジネス界で重要視されてきた、1.記憶力 2、合理的思考、はAIの浸透により相対的な重要性は下がっていくが必要な能力だ。一方で、3.感じる力 4.問いを立てる能力 5.想像力 6.他者を巻き込む対話力 7.自我(エゴ)を手放す力、などは相対的に今後ますます重要になる。(P86)

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イノベーションとは「新結合」です。日本では「技術革新」のような印象で使われていることが多いと思います。

しかし、そうではなく常識では考えにくい既存の要素の組み合わせによって、新しい価値を生み出すことです。

そして、イノベーションに必要な能力として著者は①記憶力、②合理的思考力、③感じる力、④問いを立てる力、⑤想像力、⑥他者を巻き込む対話力、および⑦自我(エゴ)を手放す力を挙げています。

そして、これまでのビジネス界でも重要とされてきた①記憶力や②合理的思考力はAIによって代替可能な能力であり、③以降はAIではまず不可能な、人間だからこそ可能な能力でしょう。

そして、教育や研修についても、これまでは①、②を扱うのみでありました。だからこそ、③以降の勉強が、これからの世界を生きる我々には必要となります。自分から学ぼうとすることが必要となります。

③感じる力などは、学校教育のみではなく、芸術であるとか、自然であるとか、あるいは人付き合いなど、自分から積極的にかかわってみて育まれるものだと思います。

④学校教育の主体は「問い→答え」の練習です。あらかじめ答えの決まっているものをいかに速く解くかということを勉強し、練習しています。

このブログでも度々登場する、「とっかかりの無い得体の知れないもの」に対して「とっかかり」をつける「問い」を立てるということは、ある程度の実践経験も必要になります。

そして、⑤の創造力は、いろいろなことに興味を持ったり、マインドフルネスなどで自分の奥深くからの知恵をくみ出したりする必要があるかと思います。

⑥対話する能力は、対話によって、自分が「こうしたい」と考えていることはどんなことなのか、それは本当に考えているのか、といった自分でも不安定な考えを、他人との対話を通して磨き上げ、補強していくことです。

⑦に至っては、仏教など宗教の思想や、道徳、人間学といった古来考えられてきたことを勉強する必要があると思います。

この中で、もっとも重要な能力は何かというと、著者は④問いを立てる能力と言います。

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問いを立てる能力(P75)

一方で、たった一人の想いが世界を変えるほどのインパクトを与えることがある。想いを生み出す行為は、言い換えれば自分に対して「問い」を立てることである。(P77)

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私はこれまで、「得体の知れない相手」を処理するために、とっかかりをつけるのが「問いを作る」ことだと言ってきました。

たとえば、病気(「得体の知れない相手」)の患者さんに、適切な問診や診察、検査(「問い」)を行い、その結果によって病気の診断がつく(「問い→答え」)わけです。

しかし、ここで述べられているのは、自分に問うてみることです。自分自身も、言うなれば「得体の知れない相手」であります。

自分のことは分かっていると思いがちですが、無意識や潜在意識などと呼ばれる、本人も意識していない部分が存在しているのが、自分というものです。

「自分はどうしたいのか」「この世界をどのようにしたいのか」という「問い」を、対話によって深めていきます。

そして、対話によって、本当に自分の内から情熱をもって「こう思う」と言える、内発的動機を導き出します。

「自分はこうしたい」という自分の内からの声と、その思いを知りたいという人間との対話による内からと外からの自分に対する働きかけを、著者は仏教用語の「啐啄同時」で表しています。

もともとは、鶏のヒナが孵化するときに、鶏の卵を内側からヒナがつつき、外側から親鳥がつつくことで卵の殻を破ることです。これを師匠と弟子の関係にしたのが仏教の禅の言葉です。師匠の想いと弟子の想いが同時に働き、修業が前進するのです。

それになぞらえて、「問いを立てる」ことによる自分の内からの声と「対話」による周囲からの働きかけで、「本当に自分はどうしたかったのか」という内発的動機を見出すことを説明しています。

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企業でも、個人でも、自分自身の中心軸である「これがやりたい」がなければ、いくらつながってもコラボレーションはできない。

・・・私は新しい物を求めて外につながるよりも、これまでやってきた自社や自分の仕事を丁寧に一つずつ腑分けし、その価値をもういちど整理し、再定義して、自社の持つ価値を自分で再認識することが大切だと考えている。(P124)

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まず自分の中に「これがやりたい」という中心軸を立てます。自分の立ち位置をしっかりと持って、その立ち位置から他の企業のアイディアであるとか、新しい知見の導入を考えてみるわけです。

あまり周囲の情報を取り入れることに重点を置いて、自分の中心軸がブレて何をやりたいのかが分からなくなってはいけません。

そして、新たなアイディアや知見を求めて、探し回ることも必要ですが、まずは自社や自分の今やっている仕事や研究に目をやり、丁寧にその価値を整理してみることです。

自社や、自分の価値を再認識すること、これも自分のこれまでやってきたことを確認し、自分の立ち位置をしっかり定めることにつながるでしょう。

あまりなんでもかんでもやってみよう、ではなく、自分の職場や自分自身は「この分野では強い」というところに立ち位置をしっかり立てることです。

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「カメ型」と「ウサギ型」のプロジェクトの差はどこから生まれるのかを私たちも考えてきた。結果として、心の中から取り出した事業が、「自分の根っこ=本来の自分がやりたいこと」とどれくらいダイレクトにつながっているのかということに関連しているとわかってきた。(P171)

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どんどん新規企画を持ち上げ、推進する「ウサギ型」のイノベーションを得意とする人と、寡黙で言語化やプレゼンも上手くない「カメ型」の人がいるようです。

例外もあるでしょうが、「カメ型」の人はその内にある心からやりたいことを対話によって取り出すことにより、苦労しながらも努力を重ね、最終的には「ウサギ型」よりも大きなイノベーションの成果を出すことが多いようです。

その差は、どれだけ心の中から取り出した事業やアイディアが「自分の根っこ」とつながっているかに関連しているとのことです。

著者は、禅の「十牛図」を引いて、イノベーションへ至る一連の旅路を説明しています。

「十牛図」というのは、マルの中に描かれた牧人と牛との10コマ漫画のような一連の絵で、禅において悟りに至る過程を象徴的に描いていると言われています。

最初は牛がいないことに気づく=自分のやりたいことが分からない、という段階から、次第に牛=やりたいこと(情熱)を見つけ、最終的には自然体で人に伝えられるようになる過程がたとえられています。

事を成し遂げたあとでも、威張らず自慢せず、悟りの境地であれば当たり前ですが、イノベーションを達成したときも、この自我(エゴ)にとらわれない自然体の姿勢はその後のためにも重要なのでしょう。

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ここで引用させていただいた他にも、自分の「本当にやりたいこと、ワクワクすること」を掘り起こすワークやスキル、瞑想法、「禅的」対話の技術などが述べられています。

AIもがんばっていますし、人間のほうもこれまでのように努力や根性だけでは、なかなか幸先が見えないのかもしれません。

人間ならではの能力を生かすことが、今後の仕事や生き方に必要なのでしょう。そのためには、実際の仕事の実践経験を通して学ぶことが必要です。

さらにマインドフルネスや瞑想によって、自分の内側から「自分が本当に考えていること」を掘り起こすことも必要ですし、対話によって自分の外側からもつついてもらうことも必要です。

さらに、自我(エゴ)を手放し、利他を考えることは、対話をうまく進めるためにも必要ですが、イノベーションを世界に役立ててもらうためにも必要です。

そのためには、仏教をはじめとした宗教の思想も必要なのではないでしょうか。なにも宗教というのは、神様や仏様を崇め奉ったりご利益を願ってりするだけではなく、その人格をちょっぴり分けていただくためのものでもあると思います。

この本は、自身の山あり谷ありの経験と、禅を中心とした仏教思想を絡めて、真のイノベーションのためには、どういったことが必要かを、分かりやすく書いていると思います。

ビジネスはビジネス、哲学は哲学、宗教は宗教、・・・ではなく、すべて人間の考えていることですから、この著者のように有機的に織り交ぜて考えられればと、感じました。

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