思考に「枠組み」を

2022年9月17日

独学の思考法 山野弘樹 講談社現代新書

我々、それなりに教育は受けてきているのだと思うのですが、「考え方」そのものを直接学ぶ機会は少ないかと思います。

むしろ、国語の授業での文章の読解や算数の計算、理科の観察や実験などを通して、副次的に「考え方」を学ぶという感じかもしれません。

しかし社会に出てみると、「もっと具体的に考えろ」とか「考えが浅い」などと言われることもあり、じゃあどうやって考え方を学べばいいのか、となります。

それで書店をのぞいてみると、まあ「考え方」「思考」についての本はたくさんございます。しかし一冊読めば「考え方」がすべて分かるというものでもないでしょう。

考えてみれば、「考え方を鍛える」という概念も「体幹を鍛える」という概念と同様かと思います。つまり、「考え方」「体幹」とった求めるものは結果であり、そのものではなく、それを得る過程が大切だということです。

分かりにくいと思いますので、少し説明します。よく「体幹を鍛える」ということが言われています。プロスポーツ選手などは優れた体幹力をお持ちです。

もちろん腹筋、背筋や脊椎などいわゆる体幹の要素を鍛えることはできるし、それぞれのためのトレーニングもあるでしょう。

しかし、プロスポーツ選手の有するような鍛えられた「体幹」は、その他の様々な身体各部のトレーニング、はたまた精神からも来るかもしれません。そういう過程によって総合的に形成された結果なのではないでしょうか。

ということで「考え方」についても、「考え方」の“枠組み”のような理想のものがあり、それを入手するために本を読んだり人から聞いたりするというのも一手ではあります。

しかし、「考え方」はそうやって直接獲得できるものではなく、他の様々な知識、経験、考察、読書、対話などから、結果として浮かび上がって、組み上がってくるものだと思うのです。

そういった地道な努力は必要として、この本はその「考え方」の“枠組み”や“流れ”、あるいは“ポイント”はこんなものなのだよ、と丁寧に教えてくれます。

「普遍性」、「具体性」など、思考の基本的ツールや考える流れなどを学び、”答えの無い問い”にあふれた時代を生きているための「独学力」を身につけることができる、良書だと思います。

「思考の出発点」として紹介する一つ目の問いのパターンは、「普遍性をめぐる問い」です。普遍性とは、簡単に言えば「いつでも、どこでも、誰にでも当てはまること」を意味します。(P51)

「思考の出発点」として紹介する二つ目の問いのパターンは、「具体性をめぐる問い」です。

・・・ここで大切なのは、「抽象的な言葉を聞いたときに、ちゃんと具体的な場面を想像することができるか?」ということです。(P56)

私はよく書評ブログの記事を書く際に、本に書いてあることが自分の仕事や職場、あるいは生き方にはどう当てはまるのだろうと考えます。

本に書いてある知識や経験は、できれば読者の人生の役に立ちたいと願われているでしょう。読者も、本の内容をできれば自分の人生に活かしたいと思って読んでいるところもあると思います。

だから、本を読んだら、その本の内容はどのように色々な人に応用することができるのか、つまり普遍性があるのかと考え、まずは自分に当てはめてみます。

この本をはじめ、優れた本は具体例を提示して説明してくださっていることが多いので、分かりやすく理解することができます。

そしてそれを自分ごととして活かすとなるとどうなるか、その実践例として、私の場合ということで書いてみています。

こうやって、普遍性(抽象性)と具体性を行ったり来たりすることが、考え方を深め、幅を広げることに繋がると思います。

理性のレベルでは相手の主張の妥当性を理解できるのに、感情のレベルでは相手の主張に納得することができないという場合、価値観が私たちの心を規定している可能性があります。「価値観」とは、私たちのものの見方や、ものの感じ方を規定する判断基準の集まりのようなものです(「世界観」、「人生観」、「人間観」などもこの中に含まれているものとします)。(P61)

近頃は様々なメディアで論戦が催され、論戦の決着として理論で相手を負かす「論破」というのが流行っているようです。

理論で相手を論破することはできますが、論破はなんとなく気持ちのわだかまりを残すことが多いようです。まあ、聞いていて爽快感もあるかもしれないので、それを周囲で楽しむ鑑賞もありでしょうが。

相手を強引に説き伏せるのではなく、できれば納得してもらいたいものです。そうです、「腹落ち」ということです。

「腹」は古来、感情の座とも考えられました。「腑に落ちない」「はらわたが煮えくり返る」「腹もちがならない」など感情表現に腹関係が用いられた言葉は多いです。

感情に働きかけるには、相手の価値観をしっかり捉えることが大切です。その価値観にそぐわないと感情を痛めたり損ねたりします。

もちろん相手の感情を荒立てないようにと無理に迎合することはありませんが、相手の価値観を尊重することは大切なことだと思います。

物語化する力

・・・しかし、この第三のステップは非常に重要な役割を有しています。というのも、私たちがいくら高度のことを思考したとしても、それをしっかり人に伝えることができなければほとんど意味がないからです。(P122)

物語化する、ストーリーにすることは重要だと、常々感じています。とくに症例検討会などで患者さんの現病歴、つまり病院に受診するまでの経過を発表するときに感じます。

問診で患者さんにお話を伺い、それをまとめるわけですが、ここに物語性が重要だと思います。物語性のない文章になると、いまいちシックリきません。

「たとえば、〇月△日から腹が痛かった。〇月×日に近くの内科医院を受診した。検査で異常を指摘され、〇月□日に当院に紹介受診となった」という話があります。

話としては、分かります。ちょっと物語性を加えると、どうなるでしょうか。

「〇月△日から腹が痛かった。普段はあまり腹痛が起こることはないので心配になり、まず近くの医院で診てもらおうと思い×日に近くの内科医院を受診した。検査で異常を指摘され、そこの先生が詳しい検査や治療の必要性を患者さんに説明し、患者さんも納得して当院に紹介受診することとなった」

もちろん、余計な情報も加わるかもしれませんし、発表用スライドなど字数の限られる場では削除する部分も必要かもしれません。

しかし、ハナシとしては分かりやすい気がします。そのとき患者さんは、医院の医師は何を思ったか、考えたか、理解したか、どんな気持ちだったか。こういった事実以外といってはなんですが、そういう情報も付加することで、物語性が生まれると思います。そして、聞いている方にとっても、事の流れを”腹落ちして”理解しやすいでしょう。

「歴史」というものも同様だと思います。資料や伝聞からの史実というのはありますが、それをもとに歴史という物語が作られます。

そのほうが、歴史上の人物の思惑や気持ちが現代の我々も感じられるような気がして、自分の人生にも生かすことができそうな気になります。

科学的な事実の検証も必要でしょうが、まったくの事実を目の前に再現することはできない以上、いかに理解しやすくするかという脚色もあってもいいかと思います。

私たちは多くの場合、「精神の傾向性が全く異質だから考え方が違う」というより、「これまで積み重ねてきた経験や当人が巻き込まれてきた社会的状況が異質だから考え方が違う」のです。(P152)

“精神の傾向性”こそが、これまで積み重ねてきた経験や当人が巻き込まれてきた社会的状況“の形づくるものだと思います。

ある問題について賛成の人と反対の人がいるとすれば、賛成の人はその問題に対して過去にこういう経験があった、こう思ったことがあった、知人がこう言っていたなど様々な経験があるからこそ、賛成とするのです。反対にしても同様でしょう。

だから、自分の意見は持つにしても、相手はなぜ反対しているのか、どういう経験があってそう考えているのかなど、思いを巡らすことは賛成・反対の決着をつける以上に、その後に関しても大切だと思います。

チャリタブル・リーディングの極意、それは「相手のアーギュメントをこちら側のロジックで補強することを試みる」というものです。(P179)

人の話を聞く姿勢には、単に聞くだけの場合と、よく聴いて適度に応答し相手を引き出すようないわゆる「傾聴」とが言われています。

著者はさらにここに「チャリタブル・リーディング」というものを追加してくれました。

相手が考えていることに対して、よく聴いてさらに相手の考察を深めてあげるような方向にもっていく時点では「傾聴」となるでしょうが、ここではさらに相手の考察を補強してあげられるような考え方を提供するのです。

相手の考え方をよく聴いて、そこに自分なりの評価を行い、「この考え方を付け加えることで相手の考察が深まるのではないか、意見が補強されるのではないか」というものを提示するのです。

「聞く」が相手から聞き手に一方向的なもの。「傾聴」が聞き手から相手を掘り下げてあげる両方向的なもの、これで対話が可能です。

さらに「チャリタブル・リーディング」はこちらから相手の考え方を補い、補強するようなアイデアを手渡すことができれば、という姿勢です。

チャリタブル・リーディングはもともと哲学書の読み方としてあった概念のようで、読書にもそのまま応用できると思います。

読書も一方的に本から知識や経験を得るだけではなく、本を掘り下げ、自分の知識や経験をぶつけて跳ね返ってくるものも得る“傾読”がよいと思っていました。

さらに、「こういう考えもあってもいいのでは」などと自分の考えで本の内容を補強したり、小説であればストーリーを捕捉したり想像するような読み方も、良いのではないかと感じます。

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我々は一日に6万回も思考しているそうです。意識にものぼらない思考もくだらない思考も多々あるでしょうが、いざ考えるとなったときに少しでも良い「考え」が組み上がるように、「考え方」については学んでおきたいところです。

日常や仕事での「考え方」に枠組みを教えてくれますし、また様々な文章、書評、ブログ記事などを書く際にも、大変参考になる一冊です。

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