人生は、心一つの置きどころ

運命を拓く 中村天風 講談社文庫

みなさんは、中村天風という人物をご存知でしょうか。中村天風は、知る人ぞ知る「哲人」です。私も知るまでは知りませんでした。

1876年(明治9年)に東京で生まれ、その後は日露戦争、肺結核、世界を巡っての哲学・心理学の探求、そしてヒマラヤでのヨガ哲学者との出会いなど、まさに「波乱万丈」の生涯を送ります。

あまり聞いたことのない名前かもしれませんが、日本の思想界では大きな影響力のある人物で、多くの人々に影響を与えています。

政財界のリーダーたちにも大きな影響を与えている人生哲学の第一人者であり、東郷平八郎(海軍元帥)、松下幸之助(実業家)、原敬(首相)などが師事していました。

現代で活躍する経営者の稲森和夫さんやテニスの松岡修造さん、サッカーの長友佑都さん、市川海老蔵さんといった芸能人など、多くの著名人も天風哲学に影響を受けているようです。

天風哲学のキーワードとしては「人間の健康も、運命も、心一つの置きどころ」といったところでしょうか。

いわゆる「ポジティブ心理学」のように感じますが、さて、言葉というものは、いわば「レッテル」のようなものであります。そんなつもりはなくても、いざ言葉にしてしまうと、意図せずとも様々な意味を付加してしまいます。

「ポジティブ」というと、明るく良い印象もありますが、「バカ」だとか「能天気」といったイメージも付帯してしまうかもしれません。

中村天風の哲学は、そういった明るい考え方、雰囲気も含みながら、しっかりした思想と実践するうえでの方法論に裏打ちされています。

そうした点が、単に「心をポジティブに!」と叫んでいるだけとは違うと思います。

中村天風は、多くの人の前で講演することを繰り返し、その哲学を伝えてきました。天風師亡き今、実際の講演を拝聴することはできません。

しかしこの本は、天風師がそういった講演で目の前にいる我々に語りかけてくれるような感じで、読み進めることができます。

他にも、『幸福なる人生』や『成功の実現』などの書籍、あるいは講演の録音CDもあります。大きな書店では、棚の一角に中村天風の本がたくさん並んでいます。

自身の経歴、経験に裏打ちされた考え方と、それを実現するための心身の訓練法など確実な方法論が述べられています。

中村天風の哲学は、いろいろなことがある人生を送っていくうえでの「添え木」、ときには「ジェットエンジン」となるような本だと思います。ぜひ、読んでみてください。

どんなことがあっても忘れてならないのは、心というものは、万物を産み出す宇宙本体の有する無限の力を、自分の生命の中へ受け入れるパイプと同様である、ということである。

(P45)

所詮、人生は心一つの置きどころ。人間の心で行う思い方、考え方が、人生の一切を良くもし、悪くもする、というのが人生支配の根本原則である。自然の法則は、まことに峻厳侵すべからず。

(P70)

人間の心は、宇宙と身体をつなぐパイプであるというのが、天風哲学の考え方の一つです。

性善説のようなものかもしれませんが、人間は本来様々なところから良い考えやインスピレーションといった「声」を拾って、自分の中で活かして生きるものだと思います。

宇宙、潜在意識、普遍的無意識など呼び方は様々なところから来る「声」に耳を澄ませることが大事です。

そのためには、パイプ役である「心」を汚して、詰まらせてしまわないようにしておくことが、大切です。

この宇宙創造の源の気を、私の哲学では仮に“宇宙霊”と名付けている。これを人々は神といい、天之御中主神と名付け、あるいは如来と呼び、アラーというように、いわゆる神・仏という名を付けたのである。

(P53)

人間はそれ自身、この宇宙の創造を司る造物主と称する宇宙根本主体である宇宙霊と自由に結合し得る資格を持っている。と同時に、共同活動を行う一切の力が与えられている。これを理解して活きる者が、生き甲斐のある人生を造り得るのである。

(P87)

「宇宙霊」と言われると、なんだかあやしい宗教のように感じますが、宗教における、「神」や「仏」と呼ばれているものをまとめた概念です。

「神」や「仏」とは、どういう立場のものでしょうか。我々に、知恵を与え、生き方を導いてくれる存在だと思います。

その方法論として、「愛」であるとか、「慈悲」といった思想・方法論を与え、我々を導いてくれます。

「神」や「仏」と呼ばなくても、もともと我々にはそういった頼れるものがあるのです。「潜在意識」や「普遍的無意識」、あるいは「良心」などもそうでしょう。

そういったものをまとめて、中村天風は“宇宙霊”と呼んでいますが、そこから知恵を得るのに必要なことが、「心」というパイプを詰まらせずに「心を積極的に」しておくことです。

「積極的」を天風師は“せきぎょくてき”と読み、一般的な“せっきょくてき”とは区別されています。

心を「積極的」に変える方法としては、次のような考え方が説かれています。

  • 潜在意識を積極的に変える
  • ストレスを抑える
  • 執着しない

潜在意識を積極的に変える

実在意識が直接に行った動作は、そのいかなることも問わず、それを数多く繰り返していると、いつかその動作が、今度は潜在意識の支配で行われるようになる。

(P94)

天風師は、暗示法などにより実在意識を通して潜在意識を変える方法を勧めています。繰り返しが大切です。

就寝前が大事なようで、「連想暗示法」といって寝る前に「楽しいこと、うれしいことなど明るく積極的なこと」を考えることなどがあります。

ストレスを抑える

腹の立つことがあろうと、悲しいことがあろうと、瞬間に心から外してしまえばいいんだ。心を積極的にすることを心がけて、自分の心を汚さないようにするには、気づいたらすぐそれを拭いてしまえばいいじゃないか。

(P158)

「怒り」や「悲しみ」の感情も、一時感じるのは自然ですが、いつまでも保持しないことです。

天風師は「安定打座」といういわば坐禅のような方法を説いています。仏教の坐禅はもちろん瞑想、マインドフルネスなどにつながるでしょう。

雑念が浮かぶ「多念多心」の状態から一つのこと(音など)に集中する「一念一心」の状態を経て、最終的な境地である「無念無心」の状態へ導きます。

執着しない

まこと、人生修養の最彼岸点は、いつも勇気の溌溂たるものがなければいけない。勇気溌溂たるものとはどんなものか。わかりやすくいえば、どんな場合にも、虚心平気の状態でいるのが、溌溂たる勇気の状態なのだ。

(P290)

心にわだかまりをなくし、何ものにも執着しないような「虚心平気」の気持ちが、積極的な心の状態です。

その方法論として、内省検討、暗示の分析、交人態度、取越苦労厳禁、正義の実行、といった「5つの心がけ」を説いています。

  • 内省検討:自分の考えていることが積極的かどうか常に観察します。
  • 暗示の分析:日常生活の情報(テレビ、ネットなど)からくる暗示がどうか分析し、積極的な暗示をとりいれるようにします。
  • 交人態度:言葉などにより、相手へ消極的な暗示を与えないようにします。
  • 取越苦労厳禁:未来のことについて悩んだり、過去のことを悔やんだりしないことです。
  • 正義の実行:本心、良心にしたがって、やましさ、うしろめたさなく過ごすことです。

*****

中村天風の哲学による様々な思想と方法論が説かれており、いっぺんに実践するのは大変ですが、どれか一つずつでも実践してみるといいと思います。

今回は文庫版にもとづく紹介でしたが、マンガ版などもあります。天風哲学の入門として最適だと思います。ぜひ読んでみてください。

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