本とともに生きていくために大切なこと

2019年12月18日

本を守ろうとする猫の話 夏川草介 小学館

「食物」は身体の栄養、「本」は心の栄養。僕もひとにそう言ってきた。なぜ本を読むのですか?と聞かれたときに。

「栄養」はそのままでは役に立たない、働かない。

アミノ酸、ビタミン、糖、脂肪。いずれもそれ自体がなにか働くわけではない。さまざまな構造物の材料になったり、酵素の助けをしたり、エネルギー源になるのだ。

本はどのように「心の栄養」になってるのか。

栄養豊かな体は、かたよりなく肉付きもよく、機能的な体である。

栄養豊かな心は、状況に応じてうまく対応できる心であろう。

体はこの世で我々が物体として生きるための土台である。

心はこの世で人と人との関係をとりもち、人間として生きるためのもとである。

つまり人が人間として生きていくには、「人を思う心」が大事である。

本は「人を思う心」を養うために必要なものである。

もちろん、「人を思う心」は親や学校の教育、様々な人間関係などからも身につけることができるだろう。

しかし、本によりもっと広い世界で、時間をも超えて、人がどのように「人を思う心」を働かせたかを教わることができる。本は時空を超えて「人を思う心」を例示し、我々を人間らしく生きることへ導いてくれる。

 著者の夏川草介さんは『神様のカルテ』で有名です。今回の作品は、著者の本に対する思い、考え方がよく表れていると思います。

「たくさんの本を読むことはよい。けれども勘違いしてはいけないことがある」

・・・「本には大きな力がある。けれどもそれは、あくまで本の力であって、お前の力ではない」

・・・“本がお前の代わりに人生を歩んでくれるわけではない。自分の足で歩くことを忘れた本読みは、古びた知識で膨らんだ百科事典のようなものだ。誰かが拓いてくれなければ何の役にも立たない骨董品に過ぎない”

・・・“お前はただの物知りになりたいのか?”

・・・“読むのはよい。けれども読み終えたら、次は歩き出す時間だ”(P47)

「知識」から「知恵」へ

 本を読む目的は、簡単に考えるとまず「知識」を得ることがあると思います。教養です。他にも娯楽であったり、ひまつぶしのためであったりすることもあります。

 しかし、「知識」はただため込んでも使うことがなければ意味がありません。「知識」を実際に使うことが「知恵」です。ただ、「知識」も”うまく”使う必要があります。”まずく”使ってはいけないのです。「知識」を”うまく”使うことを西田幾多郎は「善」とよび、森信三は「人間心理への洞察」と言っています。

 読むだけではなく、そこから取り込んだものを、実生活に生かしていきたいものです。

“読書はただ愉快であったり、わくわくしたりするだけではない。ときに一行一行を吟味し、何度も同じ文章を往復して読み返し、頭をかかえながらゆっくり進めていく読書もある。その苦しい作業の結果、ふいに視界が開ける。長い長い登山道を登り詰めた先ににわかに眺望が開けるように”(P92)

経過を楽しむこと 

 「結果を楽しむ」ものと「経過を楽しむ」ものがあると思います。オリンピック競技を見ることや、新聞を読むことは前者かもしれません。それに対して、たとえばここでも出ている登山。登頂が目的であれば、ヘリコプターで頂上までいってもいいのですが、そうではなくて登る途中の道のりや景色、はたまた疲労感も楽しむわけです。

 途中で美しい花を見つけたら、ちょっと立ち止まって良く観察してみる。景色のいいところで休憩してお茶を飲む。ときには疲労やけがなどつらいこともあるかもしれません。しかし、そういった経過をへて登った頂上は、ヘリで来訪したときとは違った景色がみえるでしょう。

「じいちゃんがよく言っていました。お金の話を始めると際限がなくなってしまうと。百万あれば二百万がほしくなる。一億あれば二億がほしくなる。だからお金の話はやめて、今日読んだ本の話をしようって。僕だって、本屋が儲からなくてもいいだなんて思っていません。でも、儲かることと同じくらい大事なことがあることは知っているつもりです」(P147)

本の話をする相手もなかなかいない時代ですが

 とかく現代は経済(お金)が最優先事項になっている気がします。世の中の成長度合いは経済成長でしか計っていません。お金は数字で表せるので、増減など変化の指標に適しているからでしょう。

 「知識」もえてしてお金で得られるものと考えがちです。たしかに本を買ったり、セミナーを受講したりして得られるでしょう。しかし、大事なのはその「知識」を生かすことです。実生活に生かし、よりよい生き方を求めるべきです。

 本を読んだら、一人のなかにしまっておかず、他の人に話すことも、「知識」を「知恵」にする一助と思います。なかなか周囲に本をよく読む人がいないのも現実ですが、もしいたら大事にしたいと思います。

「“人を思う心”、それを教えてくれる力が、本の力だと思うんです。その力が、たくさんの人を勇気づけて支えてくれるんです」(P201)

本から得られるものの一つ

 なにかを得ようと本を読むという心持も少しいやですが、読書からはいろいろなものを得られると思います。「知識」もそうですし、考え方であったり、自分についての意外な発見に至ることもあるかもしれません。そういったなかで本から得られるものの一つとして著者が挙げているのが、「人を思う心」です。

 「人を思う心」は日常生活や学校教育などでも学ぶことができます。しかし、最初にも書きましたが本によりもっと広い世界で、時間をも超えて、人がどのように「人を思う心」を働かせたかを教わることができます。本は時空を超えて「人を思う心」を例示し、我々を人間らしく生きることへ導いてくれます。

「妻の淹れてくれる茶が、実にうまいということだ」(P204)

日常の見かたが変わる

 読書により、ぱっと周囲の見かたが変わることがあります。「人を思う心」により、他人に対する関心が深まったり、いままで気づかなかったことに気づいたりすることによるでしょう。当たり前だと思っていたことがありがたく感じる。これこそ、人生を楽しむ秘訣だと思います。

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 私はこれまで、本をたくさん読んできましたが、数を読むことに気が向いていたような気がします。そういったときにこの本に出会うことができ、少し本との付き合い方も変わるような気がしました。

(引用ページは単行本版によります)

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