ノンテクニカルスキルの磨き方 日本航空 KADOKAWA
年明け早々に発生した能登半島地震に続いて、1月2日に起こった日本航空機衝突事故は記憶に新しいところです。
まれに見る大事故にもかかわらず、乗務員の指示と乗客の行動によって一人の死者も出すことがなかったことは、元日から日本全体を覆っていた暗い影のなか一点の光明でした。
そこには、乗務員の日頃からの訓練や確認があったと思います。また、状況を瞬時に判断して乗客に対応する実践があったでしょう。
私も出張などで飛行機を利用することがあります。その時は最初の救命胴衣などの説明や、座席にセットしてある非常時の説明書きをたいして気にも留めていませんでした。
乗務員にとっても、毎回の説明やサービスはルーチンとなっていて、同じことの繰り返しだと思います。
しかし、繰り返しでも説明しておくこと、訓練を常日頃から行っておくことが、こういった事故の際に役立つのですね。
また、訓練内容やマニュアルには書かれていなくても、乗務員同士のコミュニケーションや意志疎通が発揮された成果でもあったと思います。
そういったコミュニケーションや意志疎通に大切なのが”ノンテクニカルスキル”です。
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今回ご紹介する本は、奇しくも今回事故に遭遇した日本航空が著者となっており、日本航空の二人の現役パイロットによるお話が主な内容となっています。
飛行機の操縦という多くの命を預かる仕事においてどのようなことに注意しているか、そしてそれを支えるノンテクニカルスキルについて述べられています。
ノンテクニカルスキルとは、専門的な技術や知識をテクニカルスキルと呼ぶのに対して、安全や質を確保するために必要な認知面や社会面でのスキルのことです。
つまり、各個人がテクニカルスキルを持っていることはもちろん、各個人間でノンテクニカルスキルを発揮することにより、全体のリスク回避といった安全性、お客さんなどに対する快適性などが確保されます。
飛行機の操縦にとどまらず、様々な仕事は取り扱い説明書や手順書などに文章化できる技術や知識だけではありません。
まずは言葉で学び教えてもらうことができる技術や知識を身に付け、次いで言葉で表現したり形式化したりできない技術や知識、つまりノンテクニカルスキルを磨くことが大切です。
周囲の状況は常に変化します。予測できないことも起こります。そういったことへの対応、そしていかに危険を回避するかは言葉で書かれた内容だけではカバーしきれません。
いわゆる「暗黙知」というものもあり、経験の積み重ねで修得したり、それこそ“背中を見る”ことで修得したりする技術が、どんな世界にもあります。
この本はパイロットの考え方を通して、我々の日常や仕事にも活かすことができるノンテクニカルスキルの磨き方を教えてくれます。
(太字は本文によります)
ノンテクニカルスキルは、2人のパイロットが連携して安全に運行業務を遂行するために必要な認知、判断、および対人などに関するスキルの総称です。(P16)
機械に関する知識や操作法などは、教科書や説明書などの言葉や文章を通して学ぶことができます。しかし、それだけでは不測の事態の発生を回避したりスムーズに対応したりすることはできません。
そこで重要になるのがノンテクニカルスキルです。マニュアルなどに言葉で書かれていること以外にも、大切なことがあるのです。
しかしこれは教えてもらうものや実技として見て聞いて覚えられるものではなく、実践しているところに居合わせ肌で感じることで徐々に修得するものだと思います。
この本ではノンテクニカルスキルを6つに分けて考えます。いずれも実際の事例などを提示して読者も二人のパイロットから丁寧に教えてもらっているように読み進めることができます。
その6つとは「今と未来を読む技術」「問題解決につながる判断の技術」「作業負荷をマネジメントする技術」「チームを形成する技術」「伝える技術・聞く技術」です。
見ていただいて分かるように、これらは飛行機を運行するパイロットに必要なものというだけではなく、様々な仕事に通用する大切なことだと思います。
小手先の技術のみならず、同僚や相手と上手く意志の疎通を図り仕事を良い方向に導くノンテクニカルスキル。
これはとくに、教育や医療、福祉などといった人間を相手にする仕事において大切なのではないでしょうか。
このように経験に基づいて素早く正解を導き出すプロセスが<直観>であるといえます。(P71)
ノンテクニカルスキルの一つ「今と未来を読む技術」において、大切なものが<直観>です。
この<直観>は、過去の経験から直接つながるようなことではなくても、経験を積み重ねることによって素早く正解に近づくことができる能力です。
周囲の状況や機体の状態など様々な情報を論理的に総合して正解に近づくことも大切です。でも、それだけでは結論が出ないことや、決断できないこともあります。
そんなとき、これまでの経験が蓄積して発揮される<直観>に頼ることも必要です。
そのためにも、日頃から「直観を磨く」ことを心がけたいですね。
(『直観を磨く』の記事もご参照ください)
気づいたことを口に出してみることが大切です。判断に結論が出ていなくても、まずは自身の状況認識を表明することが、フライトにおけるコミュニケーションの第一歩。
・・・相手は自分が思っている以上に『何に気づいていて、何を考えているのか』を知りたがっています
(P168)
操縦士と副操縦士は常にコミュニケーションをとり、自分が何を考えているかを相手に伝えるように、相手が何をどこまで考えているかを把握するようにしているそうです。
たとえば外科手術の際も、執刀医と助手がいます。執刀医は手術にあたってそれなりに経験を積んで、事前に調べて確認して考えて手術に当っています。
それでも、予想外の事態に出くわしたり、思わぬ経過になったりすることもあります。そういった事態を予測すること、上手く対応することにも、こういったコミュニケーションが有用だと思います。
執刀医が黙々と自分の考えで手術を進めているだけだと、執刀医が気付かない変化や兆候を見逃してしまうかもしれません。
そういった兆候を、助手が感じていたり、あるいは麻酔科の医師が変化に気付いたりしていることもあります。
助手も執刀医に対しては補助的な役割という面目もあり、なかなか自分が気づいたことを言いにくいかもしれません。
でも、もしかして執刀医も気付いているかもしれないと思っても、口に出して言ってみるほうが良いのではないかと思います。
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また、とくに若手の先生が執刀するときに助手として指導医がつくとき、あまり口出ししないで執刀医の考えを尊重して進めさせたいと思うこともあります。
しかし、ここも、たとえ相手は知っているかもしれないと思っても、どんどん言うべきですね。
とくにこういった手術や飛行機の操縦といった緊張を強いられる場では、蓄えた知識や技術も思うように発揮できないことや、思わぬ見落としが起こりやすいものです。
そういった小さな危険が積み重なって、あるいは水面下で進行して大事故に繋がります。そうなる前に、多少空振りがあってもいいからという気持ちで、どんどん口にしてみることですね。
これも、日頃の積み重ねだと思います。つまり、そういう切羽詰まった場でない控室だとか医局だとかにいるときも、意識して考えていることを口にすることが、訓練になるのではないかと思います。
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私がこの本を見つけたのはつい最近で1月2日の事故よりも後であり、この本の発行日も事故より前の2023年9月26日です。
しかし、この本に書かれているような考え方や日々の実践がなされていたおかげで、あのような大事故にもかかわらず死者が出さずに済んだのではないかと、強く思います。
このノンテクニカルスキルは高度な仕事にだけ必要というわけではなく、人間関係についても非常に役立つものだと思います。
思うにノンテクニカルスキルとは、自分が所有する技術や知識を存分に発揮するために、それらを人間が使い人間に対して優しく導入するために大切なものではないでしょうか。
「技術」を「アート」に高め、「知識」を「知恵」に高めるためにも、大切な要素である気がします。逆にノンテクニカルスキル無き技術や知識は、無味乾燥でキカイ的なものになってしまうのではないでしょうか。
こういったプロのエピソードや考え方を聞いて、自分の日常や仕事でも取り入れてみながら、ノンテクニカルスキルを身に付けていきたいですね。