あなたのSubを大切に

2023年6月3日

さぶ 山本周五郎 新潮文庫

この本は、『図書館の神様』に登場したことで知りました。この物語の主人公は誰か、という話題になっていたと思います。

「今、『さぶ』という作品について考えているのですが、『さぶ』の主人公は誰なのか、僕にはいまいちわからないのです。先生の見解を聞かせてください」(『図書館の神様』瀬尾まいこ ちくま文庫 P124)

興味をもって実際に読んでみました。話は栄二を中心に進んでいくように感じます。タイトルになっている“さぶ”は、その脇役のような印象です。

一読すると、栄二の成長物語と捉えることができます。若くてカッコよく腕も確かな職人の栄二が、ある事件をきっかけに逆境に陥って・・・、という話。

さて、小説の主人公とは何でしょうか。

おおかたの実用書や自己啓発書といった本には、主人公というものは無いと思います。それらは、読んだ読者がその本から知識や技術を手に入れ、読者が成長するための本です。

そこでは、本の主人公というものはありませんが、強いて言えば主人公は読者でしょう。

一方で、この作品のような小説についてはどうでしょうか。小説でもマンガでも映画でも、物語には主人公とされる人物が設定されていることがほとんどでしょう。ヒーローやヒロイン、その周囲の人々などと。

ただ、よく考えてみますと、その物語の中の世界では、誰が主人公だとか、自分は脇役だとか考えて過ごしてはいないと思います。

作者が設定した主人公や脇役はあるでしょうが、その人物はもちろん、周囲の登場人物も自分が主人公だとか脇役だとか思ってはいないでしょう。物語の世界の中で、各々が各々の考えや性格に基づいて行動し、思考しているだけです。

ここでも、主人公は読者と考えてもよいのではないでしょうか。

小説は、もちろん読んで楽しむ面も大きいですが、読むことで他人の経験や生き方を知り、自分の人生にプラスを得ることがあると思います。

実用書、自己啓発書のように直接的ではないとしても、登場人物の性格、言動や思考から間接的に学ぶことはあるものです。

そう考えてみると、この作品では、この物語を読む読者が誰から最も影響を受けるか、あるいは感じてほしい、受けてほしいと作者は考えたか。

そうなると、やはり“さぶ”でしょうね。

栄二はいわば、読者と共に並行的に物語の世界を歩み、読者と共に“さぶ”によって影響を受ける、読者の同行者のような感じです。

人の成長は、出逢った人間の性格や人柄を吸収していくことにより、成り立っているのではないかと思っています。

他の人間の行動や思考、良い点悪い点を自分の現在のそういった要素を突き合わせて、アウフヘーベンのようにして自分を磨いていくのでしょう。

“さぶ”の性格が、最終的には栄二の心の扉を開き、栄二は当初の人間とは異なる人間に変わったことを、読者も感じるのではないでしょうか。

栄二は単に、“さぶ”によって自分の人生に新たな生き方や考え方をもたらされた人物の一人なのです。

それはまた、読者にとっても同様です。読者は作中の様々な登場人物や出来事から学びます。栄二から学ぶこともあり、他の登場人物から学ぶこともあります。ときには反面教師として学ぶこともあり、自分の中にもある登場人物の嫌な面を見直すこともあります。

その中では読者にとって印象深く、栄二はもちろん、読者へも感化を与えるのは、“さぶ”の姿勢であり、作者も“さぶ”の性格や生き方を、読者に一番知ってほしいし、読者の人生のプラスにしてもらいたかったのではないかと思います。

また、小説の中だけではなく、そのような自分の心の扉を開いてくれるような人物が、きっと人生の中にはあると思います。この物語は、そういう人物が大切なのだよ、と教えてくれた気がします。

そうであれば、この小説のタイトルはやっぱり、“さぶ”ですね。友人でも親でも上司でも誰でもいいですが、“さぶ”のような人物との出会いがあること、あるいはすでに持っていること、または身近にいるけれどまだ気づいていないことを知り、そういった人物こそを自分の成長のために大切にせねば、という気がしました。

そしてそれは、なにも現実世界のみならず、こういった小説の世界に見出してもいいかと思います。

栄二が“さぶ”によって、より深い人間の世界を知ることができるようになったように、読者もまたこういった小説を読むことによって、より深い人間の世界を知ることができるのです。

みなさんが生きている世界は、みなさんそれぞれが主人公であり、自分の五感を使って創り上げている作品です。

読書をすることでこの世界の主人公であるみなさんは、他の人物が体験し生きた経過を知ることができます。

それを自分の世界に組み込むことで、みなさんそれぞれの世界をより豊かな世界にすることができると思います。

(引用元の傍点は省略しております)

—おまえが気づかず、また興味がないにしても、この風には爽やかな味がするし、もくせいの花の香が匂っている。

栄二にはぼんやりとではあるが、その言葉の意味がわかるように思えた。ことによるとおれは、いままでこの人たちを本当に見ていなかったのかもしれないな。(P263)

見る目を開き、聞く耳を開かないと、見落としてしまうことが多くあると思います。私たちが生きている世界は、私たちが自分の五感を使って感じ取ったことにより創り上げています。

そこには、数々のバイアスとも呼ばれる色メガネや、錯覚もあります。知らぬ間に身に付けたこういうもののために、世界の彩りや味、香りを感じることができなくなっています。

素直になることが必要です。謙虚になることも必要です。ただし、これらは難しいことです。あるいは栄二のように、逆境に陥り、世界を違った視座・視点から見直すことも必要なことがあります。

優れたリーダーになるために必要とされる体験は、戦争、大病、投獄であるという話を聞いたことがあります。

こういった話もまた、世界に対する五感の角度や感度を変える体験の必要性を示しているのでしょう。

戦争、大病、投獄は、できれば経験したくないことです。少なくとも、小説などでこういった物語を読むことにより、その何分の一かでも学ぶことができればと思います。

・・・栄さんは頭がいいから、私の云うことなんぞ可笑しくもないだろうが、どんなに賢くっても、にんげん自分の背中を見ることができないんだからね」(P287)

“自分の背中”とは、自分に存在する自分では見えない点、他人の視点からしか見えない自分の一面だと思います。

それを見てくれる誰かがいれば、その人の言うことをよく聞き、活かすことによって、自分では見えない面も修正あるいは補強してよりよい生き方にすることができます。

やはり、人の言うことは素直に謙虚に聞き、どんなことも自分のためになると思うことが大切ですね。

直接的には言ってくれないにしても、栄二にとってさぶのように、付き合っているとじれったく感じたり、あるいは気が合わなく感じられる上司や妻のように、見かたを変えることによって自分を映す鏡にもなる存在があるのかもしれません。

「―人間のすることに、いちいちわけがなくっちゃならない、ってことはないんじゃないか、お互い人間てものはどうしてそんなことをしたのか、自分でもわからないようなことをするときがあるんじゃないだろうか」(P334)

頭で考えずに腹で考えたり、身体が勝手に動いたりということもアリだと思います。

一つ一つ、どのように考えたか根拠を述べて、理論立てて説明して相手に納得してもらってから行動するのが、世の常です。

でも、”さぶ”のように、そうやって理論立てて説明するのが不得意で、どうしても直感や心持ちで行動してしまう人間は周囲から理解されにくいと思います。

口達者ではない“さぶ”は、自分の行動に対して引用のように言っています。その通りだと思います。理論的に考えて有言実行するのも良いですが、このように直感や身体感覚に直結するように行動することも、大切だと思いますよ。

・・・「とんでもない、冗談でしょ、人間が人間を養うなんて、とんでもない思い上がりだわ、栄さんが職人として立ってゆくには、幾人か幾十人かのものが陰で力をかしているからよ、―さぶちゃんはよく云ったでしょ、おれは能なしのぐずだって、けれどもさぶちゃんの仕込んだ糊がなければ、栄さんの仕事だって思うようにはいかないでしょ」(P419)

栄二が職人として扱う襖(ふすま)紙などは、それを貼り付ける糊が良くなければ良い仕事にはなりません。ここで栄二が表面を彩る表具を扱い、“さぶ”がそれを裏で支える糊を扱っていることも、象徴的だと感じます。

もちろん表具には、糊の他にも素材の紙を漉いたり、布を織ったり、描画や彩色を施したりと、多くの人が関わっているものです。

それを、襖や壁にビシッと貼るのが栄二の仕事かもしれません。ビシッと貼られることが表具の外見的機能的にも最も大切な場面かもしれません。

でも、栄二という人間も“表具の人(?)生”にとっては関わった人間の一人に過ぎないのです。糊を上手く調整する“さぶ”もその一人です。

このように、“表具の人生”を考えても多くの人が関わっている。“栄二の人生”にも多くの人が関わっている。”さぶ”も同様、その他の人物についても小説の中での言及の度合いは違えども、各人の人生にとっては同様でしょう。

得てして表面に出るような仕事ができていないと、世界の中ではうらぶれた人間に見えたり、“さぶ”のように自分でもそう思い込んで引け目になってしまったりすることがあります。

でも、どんな仕事でも社会の一員として役に立っているのであり、一人の人間にとっても大切な一人として役に立っている。

そして、自分という表具を裏で支えてくれている糊のような存在、いわば”Sub”として自分を支えてくれている存在。そういう人はいるだろうか、気づいていないだけなのではないだろうか。

そんなことも考えさせてくれた物語でした。

*****

この作品については、『図書館の神様』から読み進めたことにより、ちょっと違った読み方をすることができたと思います。

今回のように直接的ではなくとも、他の本の内容がある本の理解や解釈に影響を及ぼすことは、おおいにあるでしょう。

様々な本が、互いに影響し合いながら、思わぬ解釈を生み出し、読者に多彩な楽しみと人生の微調整を提供してくれるのです。

そういった意味でも、読書は単なる内容の読み取りではなく、様々な本から多彩な糸を紡ぎとり、自分の人生を織り上げていく作業なのだな、と感じました。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。