本の読み方(2)~「読む」と「書く」の関係について

「書く」が「読む」に与える影響

書評や感想をブログに書くことを意識して本を読むと、「評価できる点はないか」「面白い点はないか」という姿勢で本に対峙するようになります。

本の書評や紹介文を書くとき、その内容は読書して感じたことや実生活へ応用できそうなこと、比較が多いと思います。あるいは、本の内容を自分に当てはめるとどうか、などでしょう。

となると、今度は読書するときにも、実生活への応用・比較はないか、自分に思い当たることはないか、と考えながら読むようになります。

これは、「書く」ことの「読む」ことに対する良い効果です。「書くとしたら、どのようなことを強調しよう」だとか、「なぜこの部分に引きつけられたのだろう」などと考えながら読むことになります。

そうすると、次々に進む文章を、漫然と流して読むよりは、少しアンテナを張った態勢で読むことができると思います。

また、悪い面というわけでもありませんが、読む本を選ぶときに書きやすい本を選んでしまう、などというちょっとした弊害も考えられるかもしれません。

「読む」が「書く」に与える影響

影響というよりも、読んだ本について書くという流れでは、まずは読むことから始めるしかありません。

まあ、読書を積み重ねることによって、知識が蓄積され、書く内容の深さや幅の広さを得られます。

自分の考え方を磨くことができたり、書くための新たなアイデアが生まれたりすることもあるでしょう。

実用的な面で考えますと、「書評の書き方」「文章の書き方」などといった内容の本を読むことで、より「書く」をレベルアップできます。

「書く」「読む」「買う」の「圧力」関係

私は最近、「書く」ことに力を入れ、時間をかけている気がします。そうすると、どうしても「読む」ことが少なくなっています。

実際に読む冊数も減っています。昨年までは月にだいたい20冊前後読んでいましたが、最近は10冊前後です。

ある程度「書く」ことを続けていると、次は何について書こうかと悩んだりすることがあります。

これは、もちろん今まで読んできた本の、「これは書かなければ!」というストックが減ってきたこともあるかもしれませんが、新たに「読む」ことが減っているためかもしれません。

ある程度コンスタントに「書く」ためには、コンスタントに「読む」ことも必要なのではないかと感じます。ネタを集めるという意味だけではなくて。

読んだ本について「書く」などのアウトプットを設定すると、「読む」ことにより、暗黙のうちに「書く」ことに対する「圧力」のようなものが、生じているのかもしれません。

また、以前に多く「読む」ためには多く「買う」ことが必要なのではないかと感じたことがありました。

そもそも本がないと読むことはできませんが、月別に買った本の数と読んだ本の数を記録していると、ある程度多く読んだ月は買う冊数も多くなっています。

もちろん、比較的時間のある月だったこともあるでしょうし、たくさん買ったからたくさん読んだのかもしれません。

しかし、なんとなく、買うことによる「読まなければ」という、いわば「圧力」のようなものもあるのではないかと感じます。

ある程度のいわゆる「積読(つんどく)」も、「読む」ためには役に立つのかもしれません。

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