文章の力

会社を綴る人 朱野帰子 双葉文庫

世間では口の立つ人が重宝される気もします。営業トークやプレゼンなど話し方が上手なほうが、多くの職業において有利なのかもしれません。

流暢に話すことが上等で、書いて伝えることはそれに劣る、という印象を持っている人もいるかもしれません。

一つの二項対立で表せば、外向型と内向型ってやつでしょうか。外向型が世の中で有利なようです。でも、最近では内向型の良さも見直されています。自分も内向型の端くれとして実感しています。

『内向型人間だからうまくいく』の紹介記事もご参照ください)

そして、内向型の人にとっての武器になるのが「書く」ということ、そして「文章の力」かもしれません。この本は、そんなことを感じさせてくれました。

人は出会うべき時に、出会うべき人と出会う、と聞いたことがあります。それは、本についても同様だと思います。

私にとってこの本との出会いは、出会うべき本とも、出会うべき時に出会う、と感じさせてくれるものでした。

じつは最近、ある人に対して自分の考えていることをきちんと伝えなければならないと思い続けていました。

私とその人とではやはり、この物語の主人公と他のほとんどの登場人物のように、口の立ち方がまったく違います。

つまり、私は考えていることや自分の想いを話すのは苦手で、相手は反対に、とても話が上手な人です。

そんな相手に対して、話せば長くなるような内容を、相手のペースに乗せられずに説明することができるか。できないでしょうね。

最初は先手の勢いでこちらの言いたいことは言えるかもしれませんが、あとはその発言に対して相手が考えや解釈、意見を呈し続けることになり、それをこちらが傾聴する感じになると思います。

そこで、思いのたけを文章として書いて、手紙とまでは気持ちはこもっていないかもしれませんが、メールででも送るのがいいのではないか。そんな安堵感を与えてくれた本でした。

思えば、これまでも何度か、信頼する人と文章でやり取りしたことがありました。異動の際に送別の辞のような文章を送ったり、それに返事をもらったり。

そういった文書は、たとえ電子ファイルであるとしても半永久的に残ります。あとから読み直してみると恥ずかしいこともあり、今とは考えが異なっていることもあります。

でも、それも含めて、一時の自分の考えを残している記憶として、貴重なものだと思います。そういった記録が、記憶とあいまって自分という人間を作っているのだと思います。

これが、話したことだけであれば、会議でもなければ記録には残りません。よほど印象に残る一言でもあれば記憶に残るかもしれませんが、そうでもなければ淡い記憶だけでしょう。

日々の記録を文章として残す日記というものも、そういった自分についての記録を残していく作業だと思います。

それぞれの専門分野を持って働く社員。彼らが不器用なりに、心をこめて書いた文字によって会社は綴られている。(P120)

言葉や文章こそが、人間の営みの記録です。言葉による記録が残らなければ、会社の活動やそこで生きた人々についての記憶も個人の記憶とともに消えるのみです。

社史はもちろん、議事録やその他社内文書、メールなどの記録が、会社が活動した記録を残してくれます。

もちろん絵画や写真、音楽によってダイナミックに人間の営みを表現することはできますが、言葉はより多くの人に比較的率直に情報を与えてくれます。

そこで大切なのは、引用文で述べられているように、不器用なりにも心をこめて書いた文章であることです。

会社ですから上下関係や顧客や他者、社会との関係から少々内容の表現を工夫したり、場合によっては削除したり、なんてこともあるかもしれません。

また、私もそうですが文章を書くことについて、多くの人が長けているとは感じていないでしょう。役割上とは言え、自分のようなものが記録にのこる文章を書いてもいいのだろうかと感じることもあります。

ただ、後から読んでためになるのは、当時の人々の思考、感動、物語が読んだ人に共感できることにも依ると思います。

内容が正確であることはもちろんですが、変な阿(おもね)りや定型文などを多用しないで、心をこめて書くことが大切ですね。

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この物語では文章の力が多くの人の心を動かしています。そう、文章には長く残り、多くの人に読まれるという強みがあります。

考えてみれば「本」という存在もまた、多くの人たちが自分の考えや感じた事や日々の経験や想像をもとに文字をもって書き記したものです。

文字が生まれてから幾時代も、人の数だけ思考があり、感動があり、物語があったでしょう。ただ、それが文字として残される割合はかなり低いと思います。

そのほとんどが時間と空間に雲散霧消し、後世に伝わることはもちろん、同じ時間を生きている他人にも伝わることが多いでしょう。

そんなとき、本は人々の思考、感動、物語を文字として残してくれました。そして、それは人々が残したいもの、そして伝えたいものだから文字にされ、残されたのだと思います。

古賢の言葉、歴史の記録、仕事の知恵、科学の光、あるいは想像力ゆたかな物語。我々は本として、それらをありがたく受け取り、自分の人生をより豊かにすることができるのです。

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