緊急事態宣言に思う

現在、卒後臨床研修制度のもとで、初期研修の場はある程度自由に決めることができる。それに応じて各病院も研修医を募集し、宣伝や説明会も行われている。選択肢が広いわけだ。

そういった中で医学部の学生に、研修先の病院について相談されることがある。どの病院で研修するのが良いかということだ。

もちろん、本人はある程度決心していて、私の意見なんか参考程度でしかないことも多いと思うが。

そういったとき、私の口からはきらびやかな病院紹介や宣伝とは違って、まったく参考にならない意見が出るだけである。

まず、「既存の仕組みにうまいこと乗っかって、自分の身を成長させよう」というのはダメだと思う。

たとえば、研修環境が良く症例数も多い研修病院(こういう病院はたいてい志願倍率が高い)に入って、良い研修を受けて自身を成長させよう、といったような。

どんな環境でも、その人の考え方や情熱などによって、得られるものと程度は決まってくると思う。

(もちろん、自身が勉強や実習をした出身大学の附属病院のように、モノとヒトの環境や背景を知っているということはメリットだと思う)

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さて本日、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、緊急事態宣言が発令される。この緊急事態宣言も同様ではないかと思う。

宣言が出たから、コレとコレは規制されるのでしません。アレとアレは規制ではないからやっていいんだ。その通りにしていれば大丈夫だろう。

・・・ではなく。

これを機に、自分の生活で何を続けることが必要で、何が今は不要なのかを考え、規制の範囲で考えることが必要ではないか。

不要不急の定義を公に求めるのではなく(決まっている事柄は守らなければならないが)、ある程度自分で考えて動くことも必要である。

周りの状況に合わせて流されるように生きていくのでは、キカイやAIと同じだろう。

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