人生のルールを外れる衝動のみつけかた 谷川嘉浩 ちくまプリマ―新書
『チ。』という引用された漫画の不思議なタイトルに翻弄されてか、一歩引いた立場から読み始めてしまったこの本。
本書のタイトルも、だれもが一度ならず考えたことがある、そしてあまり考えないようにしている“人生のレール”をじんわりと考えさせてくれる魅力的なものです。
大多数の人はレールに乗って人生を進んでいる気がしているでしょう。でもそれじゃいけない気もしているのではないでしょうか。
ではそのレールを外れるには、どうすればいいのか? レールを外れるための「衝動」とは? 十分期待できるタイトルです。
最初に述べた漫画などの作品をはじめ、哲学・宗教や言論、著述の現場からの考えをふんだんに組み込むことによって、衝動とは何か、どうすれば見つかるのか、どう利用すればいいか、と徐々に説き進めてくれます。
一度読んでみた今、自分にとって、いや誰にとっても人生を楽しむうえで大切な内容だから、もう一歩踏み込んで再読してみたいと思った一冊でした。
本書が照準を合わせるテーマは、要領のよさや世の中の理屈とは関係なく動き出していく私たちの「衝動」です。(P16)
子どものころから、自分は要領が良いと感じていました。たいして勉強しなくても、基本的なことは理解することができたような気がします。
ただ、要領というのは与えられた学習課題やカリキュラムに対して上手く対応していくということだと思います。
その内容は要領よく、あるいは容量わるくでも最低限は修得しなければならないものです。その上で、人生を楽しむにはどうしたらいいかです。
与えられた学習課題やカリキュラムをレールのようにスラスラ進んでいるだけでは、もちろんそれも人生を進めるためには役立ちますが、楽しむまでにはいきません。
レールを進みつつも、ふと見えた風景や興味、面白さに心が躍ったとき、衝動が心の奥底に湧き出すと思います。
その衝動をいかに温め、育て、自分の人生に活かしていくか。場合によっては敷かれた人生のレールを外れることになったとしても、自分の足で歩いていくことができます。
理論や理屈という標識は参考にする程度に、衝動を大切に小脇にかかえ、行く先々の行動は衝動に照らして考えながら進むのです。
そしてここが重要なのですが、キャリアデザインの設計主義的な発想は、この遊びの感覚を台無しにしてしまうところがあるのです。逆算思考で目的を頑強に設定して、それに最適化された活動にすることは、「遊び」を損なってしまいます。(P166)
世間では「逆算思考」が大切とされています。多くの自己啓発書やビジネス書などでも言われています。
まずは目的や目標を設定し、それを達成するには何をすればいいか、今どうすればいいか、今後どうすればいいかと道筋を考えることです。
これは極めて効率的に目的や目標に向かって進むことができる方法論でしょう。まさにレールを敷設することに似ています。
その道のりでは無駄や意外性は排除される傾向にあります。途中途中で思いついたアイデアや気付きは、ときに目標に近付くために有効であれば応用されるとしても、まずは元々考えたレールを進むことが第一とされます。
しかし、逆算思考の道筋は、目標を考えた時点での自分の知識、経験から考え出されるものに過ぎません。
人間は生きている限り常に変わっていきますし、様々な出来事から学んでいきます。進んでいるうちに新たな道が見えてくることもあります。
さらに、「遊び」と考えられる、逆算思考のレールとは関係ないことも見えることがあります。
レール上にはただただ目標達成のための設備しかないのに、それと関係なさそうな「遊び」には自分の興味や情熱がうずくこともあります。その感じも衝動と考えられます。
さあ、あまりレールを気にしないで、人生を楽しく進んでいきましょう。そのためには逆算思考のレールにこだわらずに、自分の衝動の働くままに「遊び」を取り入れながらブラブラ歩くことですね。
たどり着いたところは、往時考えたレールの終着点とは異なるかもしれませんが、より楽しいところだと思います。
このように、衝動にとっての計画性は、衝動の導く方向性に向けて、どこまでも実験的な試行錯誤を続ける姿勢を指しているのです。(P174)
衝動というと、不意に出現して計画性も思慮もなく一気に行動を起こしてしまうような印象があります。
たしかに衝動に対する計画性は、逆算思考のような長期的に固まった計画性とは異なるかもしれません。
衝動というエネルギーを大切に見つめながら、その衝動を通して目下の出来事はどのような意味があるのか、どのように寄与させられるのか、どう処理したらいいのか。
このように、その時その時で臨機応変に衝動に照らし合わせた行動を考え実行することが、衝動についての計画性です。
これは、あたかも計画を“微分”しているように感じます。マインドフルネスのように「今ここ」にフォーカスを合わせ、衝動の光のもとに行動を考えるのです。
もちろん、到達したい目標を設定することは有効ですし、必要なことではあります。
それでも、目標に向かって、大砲の玉のように発射時の角度や方向、推進力のみで目標到達を考えるのではありません。
飛行機のように周囲の変化に応じて常に微妙な方向転換をしながら目的地に向かうようなものです。
物語という形式は、人間の想像力を掻き立て、自然に没入させる力があるのでしょう。言い換えると、説得や数字、議論ではなく、物語の方がジャックインする<瞬間>が訪れやすい。(P214)
物語や神話の意義はここにあると思います。小さいころ聞かされ、読んで来た様々な童話や昔話などの意義もここにあると思います。
ちまたでは読書について、ビジネス書・実用書の類と文学、小説の類とで違うとか同じとか前者は読書ではないとか色々な議論もあるようです。
しかし、読書つまり本を読むことは言葉という心の栄養を摂り入れることです。読書は心の栄養です。
栄養の摂り方も、サプリ的なものから摂ることもあり、普通の食べ物から摂ることもありです。ビジネス書・実用書がサプリで小説が食べ物というわけではなく、例えです。
いずれにしても、どのように言葉という栄養を摂り入れて自分の心を養っていくかが、読書の真髄です。そこには心を動かし運動させる、つまり“感動”を引き起こす、エンターテイメント的な要素もあるでしょう。
ビジネス書・実用書のように説得や数字、議論で効率的に知識や技術といった栄養を摂り入れることもできます。
一方で、文学や小説の“物語”は、周到な場面背景や人物描写、心情描写などによって読むものを引き込み、「没入」させる効果があります。
その没入という状態は、外界の知識や経験が読者の衝動に照らされて輝いている状態だと思います。そこは物語の一利であり、大いに利用したいところですね。
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この本では“衝動についてこれまでわかったこと”という見出しで各章の最後にこれまで読んできたことをまとめてあり、つかみどころのない「衝動」について分かりやすく説き進めてくれます。
“衝動的な行動”や“衝動買い”などという言葉もあり、なかなかネガティブな印象のつきまとう衝動ではあります。
でも、そのエネルギーとベクトルを上手に利用して、自分の人生を自分が楽しいように進むことができればと思います。
ときに、人生の分岐点や選択肢の前では「直観」が働くことによって道を選ぶことが可能な場合があります。
もしかして「直観」は衝動の瞬間的な萌芽かもしれません。心の奥にゆらめく衝動が、難しい選択を前にした自分に対してフッと光を与えてくれるような。
そのような瞬間的な効果も、あるいは通奏低音的に自分の行動や思考を下支えしてくれるような効果もあるのが、衝動だと思います。
この本をよく読んで、衝動を上手く利用した楽しい人生を送りたいものですね。
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レールは非常に進みやすいものです。摩擦も少なく、道に迷うこともありません。信号があり、路線図も用意されています。
日本では電車の運行も驚くべき正確性と安全性のもと行われています。こういったレール保線など設備管理を始め、運行管理やサービス、職人魂に感謝というところです。
しかし、レールの周囲の風景は、車窓に流れる風景としてみるも良しである一方、ときには自分の足で歩いて、飛び込んで体験するのも良いものです。
ある程度は人生の路線図を参考にレールを進むのもよいでしょう。でも、自分の衝動が、この駅で降りてみたい、この風景を楽しんでみたいとゆらめいたら、衝動の趣くままに足を進めてみるのが、人生を楽しむコツかと思いました。