鉄道少年 佐川光春 実業之日本社文庫
鉄道についての描写(車両や路線の特徴、業務など)について、今まで読んだ小説のなかで最も詳細に記載されていると思います。その点でも秀逸な小説です。
鉄道好きな自分にとってもその部分を読むのが楽しいですね。もしかして小説を読みなれない方でも、鉄道好きであればその部分に入るとテンションが上がりますよ。
うちの子供も鉄道好きなので、読んでみるように薦めてみました。小説一冊読むのは教科書の文章を読むよりもはるかに長い作業であり、大変かと思います。でも、詳細な鉄道の描写にブーストされて読み進めてくれればと思っています。
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物語は、鉄道関連の仕事についている主人公が、ある出来事をきっかけに自分の生い立ちについてたどっていく内容です。
鉄道は、もちろんどのような交通機関もそうですが、単なる移動手段ではなく人々の生活や思い、記憶を乗せています。
利用している乗客にもそれぞれの生活や思い、記憶がありますが、鉄道を運営している人々にもそれぞれの生活、想い、記憶があり、鉄道はそれらをも乗せているでしょう。
乗用車やバスよりも、信号などでチョコチョコ止まることが少なく、飛行機よりも地に足のついた鉄道は、現実世界と空想世界の境界あたりに乗客を乗せてくれる気がします。
それゆえ、鉄道の旅ではひとり物思いにふける時間が得られることも多いのではないでしょうか。
私も出張などで鉄道に乗っていると、車窓を流れる景色を見ながら現在のこと、過去のこと、未来のことなど思いを巡らすことが多い気がします。
そんな主人公の旅に同行しているうちに、読者は気づかされる。鉄道の旅とは、地面の上を水平方向に移動する物理的な旅であると同時に、過去に向かって垂直に時間をさかのぼる、心の旅でもあることに。(P282、解説より)
この小説は、読みはじめはなかなか流れが把握しにくい感じがしましたが、中盤からは主人公に物語の渦が集約してくるような感じで、没入して読み進めることができます。
それとともに、この解説で述べられるように鉄道の旅というものがいかに空間的物理的な移動だけではなく、時間的心理的な移動をももたらしてくれるものだということを感じます。
鉄道に揺られて空間を移動することは、同時に心の深部に向かって移動する機会を与えられるような気がします。自分を掘り下げるという感じです。
出口治明氏は人間を深めてくれるものとして人、旅、本の三つを挙げておられました。「人」と「本」は自分の持っているものとは異なる世界を体験することで、自分の世界を広げる効果があると思います。
そして「旅」には、もちろん「人」との出会いや「本」との親しみも伴うとともに、自分自身の世界を掘り下げ、深めてくれる効果があるような気がします。
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国鉄からの分割民営化からかなり経過し、経営上の戦略や赤字路線をどうするかなどの採算性が重要視され、被災した路線の復旧はどこがお金を出すかなどでゴタゴタしている状況です。
もちろん、国鉄の体制がすべて良いわけではありませんし、採算性は大切です。しかし、鉄道には単なる交通機関としての役割以上のものがあることを自覚して、運営をしていただきたいものです、といち小市民の身として思うところです。
もちろん、現場の鉄道関係者にはそのような思いを持って働いておられる方もいらっしゃるに違いありません。
マナーを守るといった小さな心掛けをするくらいですが、利用する側としても彼らを応援しながら、この素晴らしい鉄道文化を守っていくことができればと思います。
(『電車が好きな子はかしこくなる』の紹介記事もご参照ください)