人の繋がりと”心の栄養”

2023年12月16日

満天のゴール 藤岡陽子 小学館文庫

地域医療や死生観という、人が生きるうえで大切なことでありながらも現代医療において影の薄い部分について、現役看護師である作者ならではの視点で描かれた作品です。

患者さんはもちろん、人間には繋がりというか“根っこ”があると思います。それは家族や近所の人、親戚、職場といった人間関係から、家や家庭、地域といった環境まで。

入院してもらう場合には、その“根っこ”も大切にすることが必要です。どうしても人間関係的、環境的に引き離してしまう入院という対応。それでも“根っこ”を大切にするのです。

人間は、食事から身体の栄養を得ていると思いますが、周囲の人間関係や環境からも“心の栄養”を得ていると思います。

人が人間として生きていくには身体の栄養のみではなく“心の栄養”も必要です。“心の栄養”が不足することにより、さまざまな心理的・精神的問題が生じることもあるのではないでしょうか。

“心の栄養”を得るに大切なものの一つが、人の繋がり、つまり人間関係だと思います。人間関係は人間の間に“根っこ”を張り、栄養を補給します。

そして、人間の“根っこ”は周囲から栄養を吸収するだけの存在ではありません。“根っこ”でつながった人間に対して、双方向的に栄養を与えてもいると思います。

たとえ寝たきりであっても、たとえ意識がなくても、その存在だけで心が励まされる、癒やされるということもあります。

そして、その“根っこ”は、相手が死んでしまっても残るのではないでしょうか。

もちろん生きてさえいてくれれば、ということもありますが、死んでのちもなお、心に生き続けるということがあります。これは“根っこ”が繋がっているためと思われます。

この作品は、地域医療や死生観、そしてそこに繋がり合っている“根っこ”を描き出した物語と感じられます。

彼はさほど遠くはない自分の死を覚悟しながら、住み慣れた家で静かな時間を過ごしている。あの家にいる限り、トクさんは独りではない。家族とともに生きた時間が家の中に残っている。(P132)

トクさんという登場人物はいわゆる独居老人ですが、家族との思い出や時間が詰まった家に住んでいるからこそ、独りでもさびしくないと言います。

家でも独りなら病院で独りでも同じじゃないか、と感じることもあるかもしれません。しかし、機能を重視した病室には、よほど何回も入退院を繰り返しているなどでなければ思い入れもないでしょう。

私も現在、半ば単身赴任のような状態でおりますので、自宅に帰ったときは家族との繋がりはもちろん、住み慣れた家との繋がりも再認します。

家という建物を通した家族との繋がりかもしれませんし、家族という人間を通した家との繋がりかもしれません。

しかし、頭で考えられるだけではない繋がりが豊かに茂っていることは確実です。

東野圭吾さんの『変身』でも、自分の家に帰ったときに身体的に、直感的に家を感じるような話があったと思います。

人間関係には頭で考えるものではない体感的、直感的なものがあると思います。悪い面では“生理的に受け付けない”となるのかもしれませんが。

ともかく、患者さんをはじめ様々な人間関係を考える際には、こういった“根っこ”に目を向けることも大切ですね。

・・・人が人と関わり続ける限り、相手を想う気持ちが生まれるんだよ」

トクさんは独りで暮らしていたけれど、いつも誰かを想いながら生きていた。(P252)

相手を想う気持ちが“根っこ”となり、自分に“心の栄養”を与えてくれます。相手を想う気持ちは、人間と関わり続けることで生まれます。

そうして得られた“心の栄養”によって、人間は身体のみならず心の面でも栄養を補給して人間として生きていけるのです。

人を想うきっかけは実物の人だけではないと思います。人を想い起させてくれるモノでもいいでしょう。

家の中にある家具や台所、飾り物など。それを見るとあの人が思い出される、家族が思い出される、といったモノ。

やはりそういったモノにあふれる自宅が、“心の栄養”を得ながら生きていくためには良いのですね。

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さて、“心の栄養”と連発してしまいましたが、やはり“心の栄養”と言えば読書です。食べ物が身体の栄養であれば読書は“心の栄養”です。

環境的に家から離されてしまう入院患者さん、あるいは病という状態に陥って周囲との隔たりや孤立感を感じてしまう患者さん。

人を想ったり、他人と関わったりすることで“心の栄養”を得る以外にも、読書によってある程度は心の栄養補給ができると思います。

病院には院内図書館として図書の配備や貸し出しを行っている場合もあり、希望すれば入院中も借りて読書することができます。

それだけではなく、さらに読書の効果を強調し読書をお勧めすることが、どうしても心の栄養不足になりがちな患者さんにとって良いのではないかと思います。

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