言葉の奥を感じとる「傾聴」

2023年4月20日

傾聴のコツ 金田諦應 三笠書房 知的生きかた文庫

「対話」では「傾聴」が大切と言われています。いやむしろ、お互いに「傾聴」して成り立つものが「対話」となるのでしょう。そうでなければ単なる「会話」や「おしゃべり」です。

この本は、曹洞宗の僧侶である著者が、東日本大震災時の実体験などをもとに「傾聴」について書いておられます。

当時、僧侶としてどのように被災者に向き合ったのか、被災者の心の声を受けとるためにどうしたらよいのか。

その過程で著者が感じたのが傾聴することの大切さであり、「傾聴のコツ」です。相手の話から、いかに心の声を聞きとるか、というコツです。

主に耳で相手の発する言葉を受けとる「きく」には二種類、「聞く」と「聴く」があると言われています。

最近は「傾聴」「傾聴」と叫ばれていて、本当の「傾聴」とはどのようなものかが分からなくなっている感もあります。「相づち」や「オウム返し」などうわべのスキルの連発になっていませんでしょうか。

その一方で、自分なりの視座と視点を持って探索子を伸ばしactiveに「聴く」も大切ですが、相手の訴えを先入観なく全て受け入れる感じで「聞く」も大切だということを、『聞く技術 聴いてもらう技術』で学びました。

『聞く技術 聞いてもらう技術』の紹介記事もご参照ください)

今回ご紹介する本を読むと、仏教における人付き合いの考え方も踏まえた丁寧な解説により、「傾聴のコツ」がよく分かります。

この本を読んで、「傾聴」とは、「聴く」はもちろん、「聞く」も含んで、さらには相手の心の声も「きく」ということではないか、と感じました。

私は、人の話を傾聴することは、「アートに触れる」ことと同じだと思っています。(P55)

単純に相手の言葉を「聞く」のであれば、相手が発した言葉の意味を理解し、それに応じたこちらの理解、答えや対応を返せばいいでしょう。でも、「傾聴する」は違うのです。

「傾聴する」ということは、単に飛び交う言葉についてうわべの意味を理解し応答するだけではなく、「アートに触れる」ということです。

「アートに触れる」とはどういうことか。アート、芸術の定義は難しいものですが、日本画家の千住博氏は「イマジネーションのコミュニケーション」と述べます。

『芸術とは何か』の紹介記事もご参照ください)

つまり、表面上の意味を受けとるだけでなく、そこから得られる想像をも受け取り、そして与えるということですね。

たとえば詩を読んで、あるいは俳句や短歌を読んで、その言葉通りの意味を受けとるだけではアートに触れたとは言えません。 “ふるいけやかわずとびこむみずのおと”を言葉通りに受け取るだけなら、単に「カエルが古池に飛び込んでドボン」という情報を得るだけです。

そうではなく、“アートとして触れる”のであれば、その並べられた言葉が受け手の頭の中に生み出す様々な想像が、味わわれるのです。

これは人により境遇により時代により異なります。

そして、その“アートとして触れる”ことにより可能となってくるのが、言葉を介して相手の気持ちや感情を感じることだと思います。

そこから、自分も相手と同じように感じる「共感」や、相手の気持ちが自分の気持ちにもスッと入って理解される「腹落ち」といった、高度な対話の要素が生まれるのでしょう。

先の話とこの話で、私が何をいいたいかというと、「人間には物語をつくる能力がある」ということ、そして人間の持っている自己回復能力(レジリエンス)は物語を通して表現されるのだということです。(P88)

記憶もいつまでも完全に残っているわけではありません。記憶されていることは事実として残りますが、どうしてもスキマができます。そこを上手く埋めてくれるものも、物語だと思います。

事実だけを並べると、なんとも面白くない、あるいは平凡な出来事の羅列になってしまいます。そこを、「自分はこう考えたからこうしたのだ」とか、「そのときこんな気持ちだったからそうした」といった思いや感情を沁み込ませることで、事実の羅列がふくよかな物語へと変わります。

多少の脚色や「ホント?」という点もあるかもしれません。でも、その時どう考えたなんて正確に覚えているものでもないですし、現在の自分を少しでも勇気づけ助ける方向に考えて良いと思います。

そして、そういった「物語をつくる能力」こそが、人間の素晴らしい点の一つだと思いますよ。

ところで、「傾聴する力」を高める上で、「方言」は重要な要素となります。なぜなら、人の感情というのは、やはりその人が普段話している言葉を通じてこそ出てくるものだからです。(P156)

『祖国とは国語』と藤原正彦氏は述べました。それを踏まえて、「故郷とは方言」なんてことも言えるかもしれません。

言葉のもつアート性を高めてくれるのが、方言に特徴的な言葉づかいやリズム、イントネーションだと思います。

もちろんジェスチャーや表情、声のハリなどもありますが、そういった色彩豊富な言葉が、アートとして受け手にも様々なことを想像させてくれます。

とくに方言は、子供のころから慣れ親しんでいる場合も多いでしょうから、まさに自分の魂に刷り込まれた言葉のアート性と言えるのではないでしょうか。

方言の特徴を聞くだけで、故郷のことや幼少時のことが想い起こされます。

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今回の話題である「傾聴」に限らず、「いかに表面上の情報以上を読みとるか」という能力が、今後のAI時代にもさらに重要性を増してくると思います。

「傾聴」の場合は言葉をきくことですが、相手や自分の周囲、世界の見かた感じかたについても同様でしょう。

まさに、世界はアートに満ちていると言えます。世界にあふれるモノのうわべの外見や、言葉そのものの意味だけを拾っても面白くありません。

そのモノのカタチが何を表現するのか、相手が放つ言葉の奥にどんな思い、感情があるのか。それらを感じることでモノや人間の見かたが変わります。

つまり、どんなこともアートとして見ることで、世界は面白くなるのではないかと思いました。

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