言葉にして伝える技術 田崎真也 祥伝社新書
世の中には言葉にできないこと、言葉で表現しにくいことがあります。“暗黙知”のようなものから、色や香り、味、音、感触など日常において五感で受けとるもの、感情もそうです
こういったものを、いかに言葉にするか。言葉にできるとどのような変化が訪れるか。それを考えるだけでも、この世界の楽しみがアップすると思いませんか。
言葉にすること。これは日常的な会話をはじめ、仕事やブログなどで文章を書く際、あるいは芸術や風景を目にしてその感動をだれかに伝えたい、書き残したいと思うときに大切になります。
そもそも今の世の中はほとんどのことが言葉によってコミュニケーションされ、記録し、伝えられていく社会であり、言葉は非常に重要なツールとなっています。
私もそんな「言葉」について興味を持って生きており、これまでも読書を通じて言葉の特徴をさまざま考察してきました。このブログでも小説などの本を通して述べておりますので、よろしければご覧ください。
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今回ご紹介する本は、味や香りの表現と言った、まさに「言葉に表すのが難しいことを、いかに言葉にするか」という問題についてよく考えさせてくれて、答えの糸口を導いてくれる内容です。
著者はワインのソムリエで有名な田崎真也氏で、まさにワインの特徴について香りや味、色など、言葉にしにくいものをどのように言葉にするのか、そしてなぜ言葉にするのか、が分かります。
そしてやはり、言葉の特徴、可能性、そして面白さについてより深く感じることができるのでした。
読んでいただくと、より世界を味わって生きていくことができるようになる一冊です。
では、なぜソムリエが、ワインの色、香り、味わいを言葉にして表現するかというと、自分自身が感じたことを言葉に置き換えることで、そのワインの特徴を記憶するためです。自分の感覚でとらえたことを言葉にすることで、記憶に刻むツールとしているということです。(P76)
言語化するということは、記憶を整理しやすいツールに変え、意味づけをすることで、より正確なものにして、そして瞬時に呼び起こすことで、自在に応用できるようにするための最適な方法だと僕は思っています。(P88)
言葉にする目的の一つとして、ワインの特徴を記憶するため、とのことです。聞くに刻むツールとして、言葉にするのです。
ここで述べられているように、言葉の機能としてはいくつかあると思います。まず、記憶に刻むツールとしての機能、意味づけをするという機能、そして、自在に応用するための機能です。
一つ目の記憶に刻むツールとしての言葉は、感情の表現などにも使われると思います。道端で花をみかけて、その花を見ることによって自分の頭の中に受かんだ感覚、つまり色はどうであったか、香りはどうであったかなどを、感じただけではその記憶を長く留めることは困難です。
そこで、言葉として、持ち合わせの言葉を使って「美しい」と簡単に済ますこともできますし、「○○のような色」や光の加減など、さまざまな言葉を使って表現することができ、その言葉は記憶に残すことが可能です。なんでしたら、言葉はメモのように文字として紙やスマホなどに残すこともできます。
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意味づけとは、その感覚や感情の意味を確定させることでしょうか。たとえば「なんとなく、色が良くて形も良いなあ」という感覚を“美しい”という言葉といったように。
意味づけすると、その意味同士で繋がることもできます。他に美しいものはどういうものがあったか、他の美しいと感じたものと、どういう点が似ているのか、など
さらにはそこから、「美しさ」とは自分にとってどういうものなのか、一般的に言われる「美」とはどんなものか、といった抽象的な思考にも繋がります。
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自在に応用できるというのは、たとえば過去の記憶にある花と比べてどうだとか、言葉のつながりで色々と連想できることがあるでしょうか。
「花」から「木」や「草」、「つぼみ」や「花びら」などが連想できますし、「咲く」「開く」「散る」、あるいは「春」「全盛期」なども思い浮かべることができます。
言葉にすることは、抽象化といってもいいでしょう。抽象化することにより、一段階あやふやな位置に上るわけですが、そこから降りる枝を伝って、他の言葉に演繹することができるのですね。
僕は、まさに言語化が、新たな感覚を作り出し、過去に記憶していた感覚を蘇らせるという経験をしていたのです。ですから、読者のみなさんも、「僕は、感性がないから」などと言ってあきらめることはありません。言語化を積み重ねていくことで、感覚も養われていくと思います。(P105)
そういえば、修業中あるいはプロの料理人の方も、絵を交えたノートやメモをしっかり作っているのを見ることがあります。
これは記憶するためという目的あるでしょうが、同時に修業中や仕事中の感覚や感情でさえも鮮明に記録することができます。
もちろん、言葉に変換することで限定されるということはあるでしょう。ムリヤリ言葉にすることで頭の中で感じた感覚や感情をそっくりそのまま記録できるわけではなく、ある程度変化したり減損したりすることもあります。でも何も残らないよりはましですし、それをきっかけに記憶が蘇ることもありますね。
そして、こういった言葉にすることを意識して続けていくことで、逆に感性も磨かれていくわけです。頭の中で感じたこと、考えたことを言葉にする、言葉になって書かれたり発せられたりするとフィードバックされてまた頭に入る。
このループが、感性と言葉にする能力を相補的に高めてくれるのですね。
五感のセンサーでキャッチした感覚を言葉に置き換えて記憶するというテクニックは、ソムリエの世界に限らず、普段の暮らしのなかでも応用がききます。とくに食べ物に関心のある方には有効な方法で、言語化して記憶することを積み重ねた結果、料理ブログやツイッターなどの表現力をのばすことに抜群に効果を発揮するはずです。(P140)
頭の外にあるもの(ワインなど)を五感で感じて、言葉にすることを意識していけば、頭の中にあるもの(思考など)を言葉にしてアウトプットすることに繋がるかもしれません。
ここで述べられているように言葉に置き換えることに習熟すれば、ワインや料理についてのブログ記事などに言葉として書くことが上達すること間違いなしです。
一方で、自分の頭の中にあって、言葉にしにくい思考や感情なども、言葉にして文章に表現したり、言葉という記憶に長けたツールとすることで、記憶しやすくなったりするのではないでしょうか。
日記というのは、一日の中で経験したことや考えたことを言葉として頭から取り出す作業であり、まさに頭の中の思考や感情を言語化する作業なのだと思います。
私たちも、これからはもっと積極的に褒めるという習慣を身につけませんか。そして褒めるためには、褒めどころを見つけなくてはいけません。五感を使って、相手を観察することから始めるのがよい方法です。(P201)
褒めるには、良い点を見つけなければいけません。そうしていると悪い点もみつかるかもしれませんが、それはさておき良い点を探す、感じ取っていく。そして言葉にします。
いかに積極的に感じていくか、いかに積極的に言葉にしていくか、という姿勢です。これは敷衍して日常での家庭や仕事などにも当てはめることができると思います。
病気の診断も同様だと思います。つかみどころの無い症状、状態、そして患者さんの訴えを積極的に傾聴し、感じ取り、自分で医学用語という言葉にして記録していくか。
たとえば精神科の診断についての成書を読むと、いかにつかみどころの無い症候を言葉で表現して、診断に繋げようとしているかが、よく感じられます。
そして、教育においては、従来我が国で行われてきた100点満点からの減点法の評価ではなく、加点法の評価をすること。これが評価する側も五感をフルに生かして相手を観察するという姿勢につながります。
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それにしても、ワインのソムリエという仕事から、その仕事を突き詰めた先には社会と、そしてその社会を下支えしていく教育にも思考が拡げられるのですね。
どんな仕事も社会を動かしている要素であり、その仕事を通して社会を観察し改善していくという姿勢も、職業人の役割の一つなのかと思います。
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この本を読んでからは、ワインはもちろん、他の飲み物や食事、あるいは身近な日常のモノたちが、ちょっと違って感じられるかもしれません。
また、どのように言葉にするかを意識するようになり、仕事やSNSでの文章作成にも、良い効果が得られると思います。
さらには、日常に対する、あるいはこの世界に対する感じ方や五感も磨かれ、ちょっと違った広く深い世界を観ることができますね。