ウイスキーという選択肢

ウイスキーの愉しみ方 橋口孝司 あさ出版

最近は、村上春樹作品に影響されることが多くなっております。とくに飲食関係。

『風の歌を聴け』を読んだら、ビールを飲みたくなりました。(それ以前から飲んでますが)

『海辺のカフカ』を読んだら、ウナギを食べたくなりました。ある日、奮発?して牛丼チェーン店でいただきました。

『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』を読んだら、ウイスキーに興味が湧きました。

ウイスキーは、最近は“ハイボール”として広まっているようですが、“とても強い酒”という印象で、これまであまり飲みませんでした。

さらに、「飲むとしたら、しっぽりしたバーで、バーテンダーさんと何やらいい感じに対話しながら」という印象が強く、そういったお店に入ることへの抵抗もありました。

そんな中、あまり村上春樹作品を読まなかった私が、『走ることについて語るときに僕の語ること』に続いて上記3作品を読み、ちょっとばかりウイスキーに興味を持ったのでした。

そしてある日、後輩に連れられてバーに行き、何が何だか分かりませんが、せっかくだからとシッカリしたウイスキーをストレートでいただいてみました。

これぞ「精錬された洗練なお酒」という感じで、醸造酒と比べて水っぽくなく濃い感じがして、美味しく感じたのでした。

私、もともとお酒は強いようで、ビールなんぞ何杯飲んでもなかなか酔わないのですが、これなら腹も膨れずコンパクトに酔うことができるのでは。

人生の新たな選択肢、アイテム、オプションが増えたことを、実感しました。

さて、今回ご紹介する本は、そんな経緯でウイスキーに興味を持った、ビジネスエリートでもない私が、今度飲むときは何が何だか少しでも分かるようにして味わってみよう、ということで勉強のために購入した一冊です。

ウイスキーの基礎知識をはじめ、各種ウイスキーについての細かい情報がそろっているところは、ウイスキーの教科書と言ってもいいくらいです。

日本語には「お酒を嗜む」というすばらしい言葉があります。

その言葉には、「好み、心得、趣味」「心がけ、用意」「つつしみ、節度」といった意味があり、まさに教養のある人のお酒の愉しみ方を表す言葉だと思います。(P8)

お酒を“嗜む”と“飲む”はどう違うのでしょうか。嗜むは、いろいろな行動に対して使います。囲碁を嗜む、料理を嗜む、釣りを嗜む。

嗜む程度などともいいますが、ちょっとした軽い気持ちでするものでもないようです、嗜むという行動は。まず、量・規模としては激しく行うわけではなく、“少し”といったところでしょうか。

お酒を“嗜む程度”というのは、ガバガバ飲まずにチビチビと飲む印象ですね。しかも、ゆっくり、味わって、大切に飲む感じがします。

むしろ”嗜む”は、その行動に込める気持ちというか、心得というかが大きい行動だと思います。

“嗜む”には様々な要素が附随してきます。まず、好み、心得、趣味です。お酒であれば、自分の好きなもの、気に入ったものを飲む、ということです。

そして、心得です。自分を知り、相手を知る。自分のお酒に対する適性、適量を知り、いただくお酒の性質を知っていること。つつしみと節度ですね。

趣味として、一生付き合っていきたいから、自分と相手を大切にする、まさに行動することを愛し、知ることを愛する。“愛する”気持ちで行う行動が、“嗜む”だと思います。

そして、お酒を飲むならお酒について、教養を深めるのも嗜むという行動のうちに入るでしょう。ただ飲むのではなく、知識を蓄え、経験を蓄えて飲むことをより楽しく、美味しくするのです。

また、嗜む行動がさらなる勉強を呼び、その人の人生全体に良い影響を与えてくれることもあると思います。そこから勉強が広がっていくわけですね。

レディー・ガガは「曲のほとんどはジェムソンと一緒に作った」と語り、リアーナは曲の歌詞に「ジェムソン」を登場させています。(P36)

ウイスキーは芸術の元になるのでしょうか。元というより、起爆剤? 推進剤でしょうか。有名な音楽家も、曲の作成にウイスキーをお供にしたり、歌詞に入れたりしたようです。

酔った勢いで、インスピレーションが湧いたり、良いアイデアが浮かんできたりするのでしょうか。そういうのもあるのかもしれません。酔うと話もポンポン出てきますからね。

最近、酔って読書をするのはどうか、と考えたことがありました。

酔っているということは、ある程度脳の機能は低下していると考えられます。ま、考え方によっては活性化しているかもしれませんが。

その状態で本を読むのはどうか。低下しているとしたら、通常状態よりも読むことや読んだ内容を取り入れることの効率は落ちていると考えられます。

また、そうでないにしても、「神聖な本に対して、酒を飲みながら読むとはなにごとだ」とどこかからお叱りの声が聞こえてきそうです。

そうはいっても我々、飲んで楽しく会話することもあり、人によるかもしれませんが、そういうときは結構普段よりも話が盛り上がったり、深いところまで掘り下げることができたりするものです。

もちろん、何を言っているのか分からないこともあるかもしれませんが。

まあ、酔って対峙するのが恐れ多いような本であれば、飲まずにキリッと姿勢正して読めばいいでしょう。

もしかして小説などは、多少アルコールをいただいて頭も普段より融通がきくような状態で読んだほうが、いつもより面白く読めるかもしれません。

お酒は、飲み方にもよりますが、脳の働きを変えてくれると思います。良い意味でも悪い意味でも。良いお酒の力で、クリエイティブな方向に役立てるのが、良いですね。

私はウイスキーの製造工程について説明するとき、よく人間に喩えて話をします。

人は親の遺伝子を受け継いで誕生します。それはウイスキーでいうと、熟成前の原酒を造る「①原料→②醸造→③蒸留」の工程といえます。

そして、人は生まれてからの生活環境・出来事によって成長・変化していきますが、この成長過程が、ウイスキーでいうところの「④熟成」にあたるのです。(P83)

最近、私も同じようなことを考えました。

ウイスキーや焼酎など蒸留酒というのは、いわばビールやワインなど醸造酒を蒸留して作る “進化形”のようなものだと思っていました。

蒸留すると、沸点の比較的低いエタノールがまっ先に気化する。それを集めて作るのであれば、できたものはエタノールか、せいぜい少しの水分なのではないか、と。

でも、蒸留酒は単なるエタノールと水ではありません。焼酎とウイスキーはまったく違う風味ですし、焼酎でも高いもの安いもの、イモやムギやコメなど素材によっても風味が違います。ウイスキーも、様々な香りや風味があるようです。つまり個性があるのです。

これはもちろん、素材から受け継がれる香り成分などもあると思いますが、その工程や熟成過程にも、大きく影響されるものがあるようです。

ウイスキーであれば、原料を乾燥させるための泥炭であったり、熟成させるためのタルの木材や処理具合であったりと。

これは、我々の人生、とくに仕事でも同様だと思いました。

様々な仕事があり、そこで習得する技術があります。農業、製造業、事務、営業、芸能関係、文筆関係、あるいは医療関係でもリハビリ、看護、医療事務、診察、手術、…。

いずれの道も、まずは基本にそって基本的な手順、技術を修得することが大切です。これがつまり、ウイスキーにおける「蒸留」にあたると思います。ウイスキーの筋骨である、芳醇な素材の成分と豊かなエタノールを建築する。

それから、「熟成」です。ここにきて素材の成分は薫り立ち、工程の機微は存在感を現し、学び舎(タル?)の環境が個性を伸ばします。

技術系は何でもそうだと思いますが、世阿弥の言う「守・破・離」にも繋がると思います。つまり、まずは基本を守って、しっかり基本を身に付けた上で、徐々に変わったこともしてみる。

ついには基本という“去年今年貫く棒の如きもの(虚子)“を芯棒としながらも、独自の道を歩いて行くのです。

また、人が「おいしい」と感じるときは、味覚はもちろんのこと、そのほかにもさまざまな要素が関わっているといわれています。155ページの図のように、五感はもちろん、外部環境や食習慣・食文化、その日の体調も重要な要素です。(P153)

飲み物から来る感覚といっても、味覚、嗅覚のみではありません。まずは見ますし(視覚)、舌触りや刺激、グラスの触感や温度(触覚)、会話や周囲の音(聴覚)も大切です。

つまり、五感ですね。でも、五感だけでもないと思います。

仏教では五感を受容するものとして眼、耳、鼻、舌、身を挙げていたかと思います。般若心経などでもよく出てきますね。「げん・にー・びー・ぜっ・しん」と。

さらにそこに、「意(い)」というものが加えられます。眼耳鼻舌身の感するところを眼識、耳識、・・・というらしいですが、「意」に対応するのが「意識」となると、通常使われている“意識”という言葉と繋がるような気がして、なんだかうれしくなります。

通常、意識とは“自分と周囲の今の状況をよく把握していること”などと言われます。周囲はともかく、自分が誰であり、今どこにいるのか、ちゃんと分かっているということです。

自分の状態を把握するという面で、仏教の「意識」ももしかして同じことを言っているのではないかと考えると、いい感じですね。

つまり、六番目の識である意識は、“自分のことを感じる”感覚だ、と。普通“第六感”と言うと、“直感”のようなものを呼ぶことが多いようですが、まずは自分の中をよく把握することが大切です。

あるいは、自分の中を感じて出てくるもの、それが“直感”なのかもしれません。

さらに、頭の中にはこれまで蓄えてきた知識もあります。知の存在を感じて、応用できるということが、「知」の識、つまり「知識」かもしれないなどと、考えはエスカレートします。

第七感といったところでしょうか。知識があることで、おいしさも変わるかもしれません。

さらにさらに、そういったものを感じた時に自分の中で生じる、感情? 情感? これも含めて第八感なんてのもいかがでしょう。

さて、話は現地から遥か遠くに飛んできてしまいましたが、外部環境も重要です。お店の雰囲気、音楽、あるいは飲む相手。

また、上で述べた“各識”の状態を保つために、体調管理も大切です。身体の状態、心の状態。飲み過ぎないように。

逆説的ですが、疲れていたときのほうがおいしいこともあるでしょう。このあたりはビールに一歩譲るかな。

*****

「嗜む」はマインドフルネスに繋がります。水分補給として、アルコール摂取として、ただガブガブ飲むのではなく。相手に集中し、感じ、知る。

感じるにしても、五感をフル活用すると同時に、五感を超えるものをもフル活用するのです。それを通して、自分の内側をも識る。

まあ、お酒は良いものです。ワイワイ騒いで飲むもよし、しっぽりと静かに飲むもよし。

ウイスキーについてはもちろん、お酒とのつき合い方、お酒をはさんでの人とのつき合い方について、おおいに考えさせてくれる本でした。

(お酒は20歳になってから)

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