面白いことは上司に黙ってやれ 春日知昭 光文社新書
仕事においては、雑用やルーチン業務をこなすことも大事なことです。しかし、それをこなしながら、新たな一歩を常に意識しないと、いつまでも雑用をこなすだけになってしまいます。
いつも、この仕事はもっと効率よくできるのではないか、このルーチンワークはこんなふうにまとめられるのではないか、と気にすることが必要です。
さらに経験を積んでいくと、ふとしたキッカケで面白そうな案件が思い浮かぶことがあります。こっちのやり方がいいのではないか。これも調べたらいいのではないかと。
それがヒラメキであり、仕事の効率化や、はたまた新たな仕事の進展へと導いてくれるものです。
これは仕事だけでなく、研究においても同様です。むしろ、研究の発想はこういったヒラメキによるところが大きいと思います。
では、思い浮かんだアイデアを成熟させていくにはどのようにしたらよいのでしょうか。そのヒントが書かれているのがこの本だと思います。
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著者はソニーでAIBOの技術管理課室長を務めたのち、オリジナルのロボット開発を行う会社を設立し、2足歩行ロボットの開発を追求した方です。
タイトルにあるようにアイデアをどう温めるかだとか、その他にも仕事の考え方、進め方など参考になるところが多い本だと思います。
当時ソニーでは、「面白いことは上司に黙ってやれ」という不文律を、トップの方々がおっしゃっていた。製品開発の初期段階で多くの人で議論しても、いい物は生まれないということを皆さんわかっていたからだ。
(P26)
たしかに、「こんなこと考えたんですけど」とミーティングなどで言っても、根拠だとか実行可能性だとか有益性だとかと、実質的なことをいろいろ突っ込まれてしぼんでしまうことが多いものです。
まずは、ちょっとでもピンときたことがあったら、小さい対象群でも調べてみて、データをとってみることでしょう。
例えば、この疾患の患者さんは採血でこのデータが上がっているのではないか?と思ったら、実際にその症例を集めて調べて、データをまとめてみればいいのです。
なんとなく確からしいデータが得られたら、それを加えて皆の前で提案してもいいのではないでしょうか。
あと、はじめから根拠や理屈がついて筋道立った調査というのも、それほどないのではないのではないかと思います。
研究を進めて行くうちに、後から理屈がついてくることもある。なんとなく役に立ちそうなことが見つかってくることもあるものです。
少し話が飛躍するかもしれないが、僕はいずれネットワーク上に“人工の魂”が想像され、その魂同士がコミュニケーションし、より知識を蓄えていく世界が実現すると思っている。
(P145)
ネットワーク上の“人工の魂”とはどんなものでしょう。
“魂”という言葉は、様々なシチュエーションによって意味が異なります。創業者魂、死者の魂、燃える闘魂、などなど。
なんとなく、“意志”や“精神”、あるいは“生命の源”といったニュアンスでしょうか。“意識”という言葉にも近いのではないかと思います。
このあたりは、茂木健一郎氏の『クオリアと人工意識』の内容に通じるところがあるかもしれません。
良い意味での魂と考えると、たとえばクラウドなどネット上に蓄積されたいわゆるデータベース、ビッグデータに基づき、判断や意志決定をしてくれるような存在でしょうか。
人間の思考ではなかなか太刀打ちできないような問題でも、そういった人工の魂が働くことによって解決の方向へ進むこともあるかもしれません、。
そして、そういったネット上の魂が自律的にコミュニケーションを行い、さらに良い知識や技術を生み出してくれるかもしれません。
まあ、願わくは、人間にとって良い方向にコミュニケーションしてくれることを。
また、悪い意味でもネットワーク上の魂は感じる気がします。ネット上の世論や批判、過度の賞賛などは、我々の考え方や生き方に大きく影響を及ぼします。
ときには、そういったものに自分の生活や人生が左右されてしまうこともあります。
僕は常々思っているのだけれど、「今すでに世の中にあることで世界一になるのは不可能に近いが、世界中で誰もやっていないことを見つけ出せば、僕が世界一」なのだ。
(P171)
それはそうなんですが、その「誰もやっていないことを見つける」ためには、まず「誰かがやっていることを真似してやってみる」ことも必要だと思います。
つまり、何か誰もやっていないことは無いかなーと一カ所に立ち止まって周囲をキョロキョロ眺めていても、見える範囲は限られますし、アンテナを張っていても、なかなかうまい情報は捕まらないものです。
そこで、誰かが作った道をたどってもいいから、歩き出してみるのです。方法をまねてみたり、同じ考えを取入れてみたりと。
そうして、進んでいるうちに大事なのは、やはりキョロキョロすることとアンテナを張ることです。
誰かの作った道を歩いているだけでは、その誰かと同じ発見があり、同じ結果に行きつくだけです。
そうではなく、キョロキョロ周囲を見渡しながらその道を歩けば、決してスタート地点に立ち止まっていては見えなかった風景を見ながら歩くことができます。
「ここからはこっちに進んでみてはどうか」あるいは「ここでもっと掘り下げてみてはどうか」などと考えながら歩いていると、新たな発見やヒラメキ、出会いもあるでしょう。
文化の創造―これは昔のソニーがしていたように、「選択と集中」といった整理された考え方とは真逆の、混沌としたやり方の中から生まれるものだ。下北沢のいい所は「狭い」「小さい」、そして「混沌」だろう。
(P206)
計画的に物事を進めることは、もちろん大切なことです。たとえば、道路を作るにしても、需要や予算、あるいは地質学的特徴などを考えて、計画的に作ることが望まれます。
しかしなんとなく、無計画に作られた完成形をみると、実にうまくいっていることもあります。それは関係する人や物の事情がその都度その都度織り込まれ、ちょっとずつ軌道修正された結果なのでしょう。
一見無計画に見えて、「混沌」と見えるかもしれませんが、意外となにかしようとすると、その「混沌」とした環境がうまいぐあいに作用してうまくいくこともあるものです。
また、そういった無秩序が生み出す合理性、美というものもあるものです。
日本が戦後に発展した大きな要因の一つに、「神は細部に宿る」の実践があった。それは言い換えれば、日本の職人文化をビジネスに生かしてきたということになる。
(P207)
細部にこだわり、神が宿るような印象さえももたらす技術は、昔から日本人が大切にしてきた仕事のしかただと思います。
日本の職人文化として大切にしてきたもの、たとえば刀鍛冶や焼き物、織物などの工芸品の作成もそうです。
技術にしても、単なる方法論ではなく精神性の光も灯した弓道、剣道、茶道などの~道や能などの芸能もそうです。
さらには、対人関係を単なるコミュニケーションや交渉と考えず、心を込めておこなう「おもてなし」などもそうでしょう。
ビジネスの、たとえば営業にしても、礼儀であるとか、共感や、近頃は悪い印象ですが忖度なども、日本の文化なのではないかと思います。
大量生産・大量消費、ディベートや交渉術などの考えが欧米から入ってから、こういったものは低下してきていると感じます。
逆にいえば、こういった日本の誇れる文化を大事にすることが、これからの日本が世界に差をつけることができる点なのではないでしょうか。
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帯にも書いていましたが、「自分株式会社の社長さん」という考えが自分を磨き、自分の価値を高めて仕事をしていくうえで、重要な考えだと思います。
たとえ組織に所属する一因であっても、会社に勤務する会社員であっても、あるいは自分が単なる機械の歯車の一つに過ぎないと思っていてもです。
自分を「自分株式会社の社長」と、そう自分を考えていくことが、個人の価値を高めることにつながり、いずれは自分の理想としている仕事をつかむために、必要なのでしょう。
技術を磨き自分の価値を高めると同時に、「神は細部に宿る」の実践を通して、世の中のキラリと光る大事な歯車の一つになれたらと思います。