本の読み方(5)~本から得たことを、自分の中で再構成する

2020年6月5日

本を読む目的の一つに、「知識」や「考え方」を得るということがあります。しかし、数多くの本が出版される今、一つの事柄についても、様々な見方や意見を述べた本がたくさんあります。

たとえば、「本の読み方」についての本をいくつか読んでも、あの本ではこういっていた、この本ではこういっている、と色々な方法があります。

そのどれが正しいであるとか、どれが自分に合っているというものではなくて、それらを読んだ読者が自らの中で組み合わせて、自分なりの方法を形づくるのが良いと思います。

「本の読み方」であれば速読もあり、遅読もあり、深読みもあり、ノートにまとめる方法もあるわけです。一冊ずつ読み進めていくこともあれば、同時に何冊も読み進める方法もあります。

そのどれが良いというものではなく、それらの方法を知って、そのうえで自分の中に形成される「本の読み方」が一番なのだと思います。

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これは「考え方」にも当てはまります。たとえば「知識」を「知恵」として活かしていくための要素については、色々な先人が述べています。

それを西田幾多郎は「善」といい、森信三は「人間心理の洞察」といい、アドラーは「他者貢献という導きの星」と言っているかもしれません。

あるいは宗教について考えても、それをキリストは「愛」といい、ブッダは「慈悲」と言っているかもしれません。

多少切り口は違っても、それらは結局、「知識」を「知恵」として活かすために必要な考え方を、様々な側面から、あるいは境遇から考察したものです。

我々読者はそれらを総合して、自分のなかに「自分の考え方」を創り出すのです。それぞれの考え方から自分に合うところをとってもいいでしょうし、自分の考えを補完してくれるものを選んでもいいでしょう。

一人の著者の「考え方」をそっくりそのまま受け入れて、自分の「考え方」にするのもいいでしょうが、合う合わないもあるかもしれません。

様々な先人の考えに触れて、その結果自然と自分の中に形成される「考え方」が、最も自分に合ったものではないでしょうか。

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そういえば食物においても同様なのかもしれません。身体を作り、生きていくために様々な機能を発揮する「タンパク質」は様々な食物に含まれています。

しかしこの「タンパク質」は摂取されてそのまま使われるのではなく、一度アミノ酸にまで分解されてから、身体に吸収されます。

その後に、自分の身体で使うために必要なたんぱく質に合成され直すのです。たとえ同じ種類のタンパク質ができても、もとの食物に入っていたものとは多少異なるでしょう。

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要するに、一つの「考え方」についても、様々な本を読み、それぞれの意見を取り入れて、よく咀嚼し、自分の知識や経験、解釈を織り交ぜて、新しい自分なりの「考え方」を作るわけです。

とっかかりは一冊の本の「考え方」でもいいのです。時間はかかるかもしれません。多くの本を読む必要もあります。

徐々に読書を増やすうちに、肉付けしたりスリム化したりして、自分の「考え方」を作っていくのです。

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