小説も読もう

小説は君のためにある 藤谷治 筑摩プリマ―新書

本を読んでいると、「読書というものはとりあえず知識や情報を得るものであり、小説はそういう意味からは、あまり読まなくてもいいのではないか」と感じることがあるかもしれません。

実際に私もそう考えていた時期がありました。もちろん、小説が嫌いであるとか、無意味だ、役に立たないなどと考えていたわけではありません(ちょっとそう考えたこともありましたが)。

ただ、読書するのであれば、実用書、ビジネス書、あるいは自己啓発書といった世の中で役に立つ知識やハウツーを述べている本を読んだ方が、知識や情報の収集に実際的ではないかと考えていました。

または哲学や宗教、歴史など、いわゆる中国古典やさまざまな思想書も、自分の生きる姿勢や考えたかを磨くのに役に立つだろうと思って読んでいました。

そういうわけで「小説」はフィクションであり、ある主人公についての出来事であるとか、面白い話という印象で、これまであまり読みませんでした。

しかし、小説も徐々に読み始めている今、小説の“効果”と言ってしまってはなんですが、「心や考え方、生き方を捏(こ)ねられる」ような作用を感じています。

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今回ご紹介する本は、「小説とはどのようなものか」を考えてみたいと思い読んだ本です。

著者の藤谷氏は本のセレクトショップも手掛けられている小説家で、本書では多数の小説を引用することで、小説に対する考え方を分かりやすく説明してくださっています。

端的に、「小説は役に立つ」と言い切っておられますが、読んでみると大変納得します、。哲学や思想、ビジネス書や自己啓発書で頭がいっぱいのかたは是非この本を読んで、そして小説も読んでみてください。

知識も重要ですが、そういった知識に流動性・活用性を持たせる効果が小説にはあると思います。

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小説は、君が君であることにとって重要なものを与えてくれる。人と比べてどうだとか、情報量の多い少ないとか、そんなミミッチイことじゃない。小説は君が物を考える幅を広げ、人を見つめる力を養い、独自の判断力や価値観を作り上げるのを助ける。

なにより、小説には、君が君について考えるヒントがある。(P9)

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小説を読むことにより、物を考える幅を広げるという効果があると思います。

こういう考え方もあるのか。こういう場合はこういう風に考える人もいるのか。はたまた、そんなこと考えないだろうなどと。

また、人を見つめる力を養うのではないかと思います。

これは、人間として生きていくくのに重要な「人間心理の洞察」や「人を思う心」を涵養する効果があるでしょう。

また、そこから派生して、独自の判断力や価値観を作り上げるということもあります。

小説のなかの世界や主人公の考え方を、現実世界や自分に反映して、「自分ならこうする」であるとか、「今の世界であればこうすればいいのではないか」などと考えるきっかけになるでしょう。

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小説は君の人生に、思いがけない別の人生を付け加えてくれる。それは完全な人生ではないし、現実の人生でもない。しかしそれは間違いなく、君の人生の一部であり、しかも君が、ただ生きていたのでは経験できないような、多彩でスケールの大きな人生の数々なのである。(P112)

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「人生二度なし」は森信三先生の言葉ですが、二度ないことに加えて、平行して二つの人生を進むこともできません。

そういった中で、小説を読むことは、他人の人生や生き方を経験することができる面もあると思います。

小説の中の話は、現実ではありません。現実とは独立した時間の流れで、話は進んでいきます。そこでは今あなたがいる時代・場所とは異なる時代・場所での物語が進行します。

時代については我々の住む現在に近い場合もありますが、過去であったり未来であったりします。古代文明を舞台にした物語であったり、未来の日本を舞台にした物語であったりするわけです。

ただ、時代背景や社会背景が現時点と似ているほど、読者も理解しやすく、感情移入しやすいので、多くの小説は現在やその周辺の時代を舞台としていることが多いと思います。

場所は、もちろんあなたが暮らしている場所が舞台ということは、ほとんどないでしょう。逆に、自分の住んでいる場所やその近くが舞台になっていると、なんとなく親近感がわきます。書店には地元を舞台にした小説などの書籍コーナーがあることもあります。

社会制度や、考え方も現実とは異なっていることがありますし、現実では起こり得ないこと、たとえば動物が話したり、死者が蘇ったりすることもあります。

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『山椒魚戦争』は端的に教えてくれる。小説が嘘をつくのは、偽の歴史を作るためであり、小説のなかで偽の歴史の論理を展開させることで、読む人間に自分たちの生きている世界の、ほんとうの歴史をみつめさせるのだと。(P131)

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そういった、現実とは異なる舞台での物語、いうなれば“嘘”ですが、つまりフィクションを記述することに、どんな意味があるでしょうか。

話しの流れや、アッとおどろく展開が面白いであるとか、登場人物の個性や考え方が面白いということもあるかもしれません。

しかし著者は、それは「偽の歴史を作るため」であり、そのことによって「読む人間に自分たちの生きている世界の、ほんとうの歴史をみつめさせる」と言っています。

たとえば、地殻変動で日本が沈没する話があったとします。大災害によってさまざまな社会問題や人間関係の問題が浮き彫りになるという話です。

「へー、そういうときはそうなるかなー」、「そうなったら怖いね」くらいにしか感じずに読んでしまうかもしれません。

では、実際はどうでしょう。東日本大震災が発生して、防災対策の問題、原発の問題が浮き彫りになりました。小説に限らず現実でも、非常事態にはそうなるものだということが分かります。

(かたや、東日本大震災の発生後に、暴動が起きず、配給や商店にきちんと並ぶ日本人の自律意識の高さが海外に評価されたことなどは、まさに「事実は小説よりも奇なり」かもしれません)

また今現在進行中の新型コロナウイルス感染症も、労働、教育、育児などの社会問題、芸術やスポーツといった娯楽への影響など、さまざまな問題を浮き彫りにしています。

実利的に小説を読むのもなんですが、たとえば日本沈没の話を読んで、「そういうときにはそうなるのかな」と感じておけば、現実で大災害や社会問題が起きた時も、ある程度冷静・客観的に物事を見ることができるのかもしれません。

さらに、個人レベルでも小説が我々に働きかけてくれる作用はあると思います。

たとえば、主人公がある女性のことを好きでした。しかし、その女性は主人公の兄と恋に落ち結婚してしまいます。主人公は兄ともともと不仲であり、女性の幸せのためには自分が近くから去るしかないと考え、立ち去ります。

では、自分はどうでしょう。もしかしたら、“普通の”恋愛関係を送ったり、結婚したりしているかもしれません。“普通”であることの幸せを再確認するかもしれません。

あるいは恋愛は難しいと感じるかもしれません。恋愛や結婚にあたっては、どういうことに気を付ければよいかなど、教示を得るかもしれません。

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一見ありきたりな日常生活を送っているように思える私たち。しかし人生にはさまざまな出来事が起こります。

小説は、日常の些細な出来事から人生の破局や幸福、はたまた大災害や非常事態が起きたときに、「どうなるでしょう」、「こうなるかもしれません」ということを考えさせてくれるのではないでしょうか。

そういった面では、小説は我々の生きている現実世界や自分の人生にプローベを入れて、内面や深層がどうなっているのかを、探索・明示してくれるものなのかもしれません。

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