道具

2020年2月23日

道具というのは、手の「延長」でなければならない。

手の「延長」というのは、たんに距離的に指より先が延びたとか、鋭い刃物になったとか、電気凝固できるようになったとかいう物理的、能動的な面だけではない。受動的というか感覚的な面、つまり手指の感覚がその道具の先端にまで行き届いていなくてはならない。

大工道具の鉋(かんな)などは、しろうとが訓練なく使っても引っかかったりまっすぐに引けなかったりする。力任せに引いてもうまくかからないものである。

熟練した大工はただ力を入れて引いているだけではなく、常に刃先にかかる木の硬さ・柔らかさ、湿り気、あるいは木目の流れや節の存在によるちょっとした違いを感じていると思う。そしてそれをフィードバックしているのだろう。

そば打ち職人は、生地をこねているときに、手で生地のざらつき、湿り具合を感じ、あるいは全身でその日の湿度を感じているかもしれない。生地を延ばしているときには、その硬さとともにこねていたときの印象も思い起こしているかもしれない。

あるいは、かつての修行時代に師匠に言われた言葉も、顕在意識・潜在意識にかかわらず、手先に込めているかもしれない。

*****

さて外科医は手術で様々な道具を使う。これについても同様のことが言えるだろう。

メスでは切るだけではなく、剥離子(様々な組織を剥がして分ける手術道具)では剥離するだけではなく、バイポーラ(組織を挟んで通電することで凝固できるピンセット状の手術道具)では電気凝固するだけではない。

メスの先端で皮膚と皮下の境目を感じ、皮膚の厚さや硬さを感じて閉創での縫合に思いを致す。

剥離子の先端では組織と組織(たとえば筋肉と筋膜、骨と骨膜)の境目を感じ、あるいは剥離子のハラで組織を押す感覚や、先端で組織の硬さを感じ、組織や膜を損傷しないように優しく扱う。

バイポーラでは通電による組織の切れ具合を感じ、組織の柔らかさ、腫瘍の硬さを感じる。微妙な先端の開き加減や角度には、いつか師が言っていた教えが含まれているかもしれない。

吸引管(血液や柔らかい組織を吸引する手術道具)でさえも、その先端が触れることによって腫瘍と正常組織の境界を感じる道具となる。

超音波凝固切開装置(先端から超音波を発生し、組織を破砕するとともに吸引する手術道具)は、いささか乱暴な道具ではあるが、その先端の吸い加減、超音波破砕の進み加減からは組織の硬さ、柔らかさを感じなければならない。

ひとたび道具を手にしたからには、運動神経のみならず感覚神経、そしてそれに繋がる自分の脳内の知識や知恵、経験や記憶もすべて道具に連結して、使うべきである。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。