人はなぜ物語を求めるのか 千野帽子 筑摩書房
最近、医療の世界でもナラティブ(物語性)というものが重要視されてきておいます。患者さんに対してエビデンス(これまでの研究実績による証拠)をもとに治療を進めることも大事ですが、患者さんの語る「物語」を通して個人的な背景や環境をよく把握し、それらを勘案して診療を進めていくということが実践されつつあります。
アプローチの方法として、患者さんの家庭環境、趣味、好きなもの、こだわり、あるいは考え方などを伺い、それらを勘案して診療の進め方を相談していくという感じでしょうか。
おもに心療面、メンタルヘルスの分野で行われることが多いですが、一般的な疾患の患者さんについても、患者さんの考えを生かした治療法の選択などに役立つと思います。
とくにどうしたらいいかとうエビデンスのない状態は、がんの終末期などに限らず実臨床ではしばしば遭遇します。そういったときに、患者さんがその人らしく過ごすことに、おおいに助けとなるでしょう。
医療の場面に限らず、「物語」は我々が日々を連続的に生きるのに重要な役割を担っています。一見断続的な出来事を、記憶と(いちおうの)因果関係によって結び付け、「ああだからこうだ」とか「あそこでああしたから、今こうなっている」などと考えています。しかしこの「物語」はなかなか曲者です。「物語」によって楽になることもあれば、苦しむこともあります。
今回紹介する本は、この「物語」の人生におけるひとつの役割について考察してます。帯には「私たちは多くのことを都合よく決めつけて生きている!?」と書いています。都合よく決めつけることも「物語」の特徴であり、ある程度必要なことだと思います。
あまりギチギチに人生を考えて生きているような人には、一読いただきたい本です。
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それ以来、「人間は物語る動物である」と自覚することで、ストーリーのフォーマットが悪く働いて自分が苦しい状況に陥る危険を減らし、あわよくば「ストーリー」のいいとこだけを取って生きていきたいという、虫のいいことを考えています。(P108)
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因果関係を創りだす
2019年11月10日の記事でも書きましたが、現状を説明する理由は後づけのことが多いと思います。自分がなぜ今の仕事をしているか、人生の(おそらく)分かれ道でなぜこの道を選んだのか、そう聞かれると、それっぽい回答をしてしまいます。興味があったから、など。
おそらく本当はそんな確固たる考えはなかったものと思います。しかし、ここで「物語」を作ることで、ある程度自分でも納得しているような気がします。その「物語」のポイントは「因果関係」です。しかし、著者は言います。
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世界は本当は因果律的にはできていないし、理由のないことはいくらでもある(P109)
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固く考えずに
確かに、無理に理由を考えないで、いろいろあって今の状態があるんだ、程度に気楽に考えているのがいいと思います。
物語によって苦しめられるとき。それは頑固な、そして不確かな因果関係をクヨクヨ考えるとき。
物語によって助けられるとき。それは自分の人生をある程度自由な解釈で(ときには強引な自作因果律で)進めていけるとき、かと思います。