絵を描くということは

2020年1月21日

芸術脳の科学 塚田稔 講談社

「芸術脳は生まれつきではなく、シナプスの可塑性にもとづく学習と記憶によって後天的につくり出されるという」

私には「絵心がない!」と胸を張っている君たち。「絵心」とは、「絵を描こうとする気持ち」だ。「絵を描く才能」ではない。

ただし、ある程度の線の書き方や色の染め方、明暗のつけ方などはコツと練習を要するものがある。これは少し繰り返せば大丈夫。うちの子供も練習している。

この本は、科学者であり芸術家でもある著者が、脳科学の研究を用いて、「芸術」という分野を科学的に考察した一冊である。

「芸術」と「科学」はなにか両極端のような気もするが、お互いを補完する立場にあるのかもしれない。

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デッサンができないと絵が描けないと考えている人がいる。デッサンの定義とはどのようなものであろうか。物の形を決める輪郭を描くことであるとしよう。輪郭は外界の世界に存在するのではなく、人間の脳がつくり出したものである。
その一つは、物と物とを区別するため、コントラストの違いを検出する機構で、網膜にある。二つ目は、テクスチャー(質感)の違いを検出する機構で、側頭葉後部に存在する。
三つ目は、トップダウンの情報すなわち「形」の記憶を用いて、物と物とを区別する。
そこに輪郭線が生まれる。デッサンにはいろいろな技法があることがわかる。そして脳の機能と密接に関係している。デッサンがなぜ大切なのかわかる気がする。(P71)

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絵は脳がつくりだすもの!

絵を描くとは、どういうことだろうか。現実世界の風景を構成する山や植物、建物などには、明確な「輪郭線」はない。いや、建物など結構カッチリした物体には、あるように見えるのだろうが、遠くから見る分には直線というほどでもないし、光の加減によって見え方も違う。

では、そういったあやふやなものを記録するには。まず写真がある。しかしこれは、見たままをそのまま記録しているだけである(ある程度解像度などの影響で実物よりは劣るのかもしれないが)。

絵はどうか。これは、実物を示していない。実物が「眼」から入って、脳を通って、手にもつ筆かなにかで表したものである。かなりの修飾あるいは、省略、曲解などが加わると思う。

しかし、そういったマイナス点以外にも、メリットがある。まず、脳を通ることで、その人の考えを含ませることができる。脳を通ることで、その人の思いを含ませることができる。記憶を含ませることができる。

手術記録なんかも、写真よりも絵がいいのは、こういった点があるからだろう。

つまり、手術のときにみた風景が、そのときの考え、思い、記憶とともに、絵にメモリーされているのである。それを描いた脳にも、同じものはメモリーされているだろう。

その強烈なメモリーは、次の手術の助けになるし、後輩の教育に役立つし、自らの成長に資すると思う。

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