危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』 朝日新聞社 編
あえて言いたい。「漫画『風の谷のナウシカ』を手に取ることなくして人生を終えるのは、あまりにももったいない」と。(P236)
いきなり引用からですが、まさにその通りです。今回ご紹介するこの本では、主に漫画『風の谷のナウシカ』について様々な切り口から語られています。
この本は現代の各分野を代表する18人が、『風の谷のナウシカ』について語った記録であり、俳優、生物学者、小説家、評論家などなどが各自の職業や思想からの切り口で、この大作のさらなる輝きを見せてくれます。
『風の谷のナウシカ』が世に出されてからかなり経ちます。しかし昨今は、繰り返される戦争、新型コロナウイルス感染症の発生と蔓延、引き続く環境問題など、まさに”危機の時代”であり、その内容が当てはまる世界と言えるでしょう。
*
私も小さいころからアニメ映画を見てきましたが、見る度に新たな発見や気づきがあります。また、目まぐるしく変わる現代世界を、そして来るべき未来を予見していたように感じることもあります。
『風の谷のナウシカ』はもはや「古典」と呼んでもよい作品であり、これからも引き継がれていって欲しい作品です。私も子供たちが大きくなったら、ぜひ読ませようと思っています。
『風の谷のナウシカ』に関する本を当ブログで紹介するのは、これで2冊目になります。それでなくても、多くの人がアニメ映画版やマンガ版を見て、その人の数ほどの解釈があったでしょう。
(『ナウシカ考』の紹介記事もご覧ください)
この本は、皆さんの持っている『風の谷のナウシカ』に対する自分なりの解釈を損なうことなく、ときには強化してくれたり、深めてくれたり、そしてもちろん新たな捉え方に気付かせてくれたりする内容が目白押しです。
—「イマジナリーライン」とは何ですか。
簡単に言うと、2人の登場人物の間を結んだ仮想の線のことです。あるカットから別のカットに切り替わる時に、この線を越えて反対側から撮影した画をつないでしまうと、方向や位置関係の認識に混乱が生じて、観客は違和感やストレスを感じると言われています。つまり映像では「今どこで何が起きているのか」を実感させるような時空間の連続性が重視されるわけです。(P49-50)
18人の論客による素晴らしい内容については、実際に本を読んでいただくとして、私はこんなテクニカルなことにも惹かれました。
アニメは動画ですから、視座が変わることによって登場人物の位置が変わってしまうと流れがぎこちなくなり、違和感を持ったりストレスを感じたりするそうです。
たしかに、ひとつながりの動作として表現できることが、動画のメリットでもあります。それに対して漫画は、コマの一つ一つが一場面を表しており、次のコマに目を移す時は場面が変わるようなことも少なくありません。
今ではコンピュータ処理などで動画もスムーズになっているのかもしれませんが、昔の映画のような連続する静止画の移り変わりを動画として見せる場合には、脳の残像処理が大きく活躍していると思います。
その一方で漫画は、各々のコマが一つの絵画のようなものであり、そこにセリフが加えられてある程度の時間が経過した場面となります。
漫画を読む技術には、我々も知らないうちにそれぞれのコマの移り変わりを、連続的なストーリーとして捉えるために頭の中で話の残像現象のようなものを利用しているのかもしれませんね。
これからの世代にとっては『カラマーゾフの兄弟』も、『風の谷のナウシカ』も、等価の存在でしょう。小説は漫画よりも高級なジャンルだ、という意識はなくなっていますから。これらか若い人たちが、さまざまな深い読み方をすることを通じて、『ナウシカ』という作品はさらに大化けしていくと思います。(P195)
『カラマーゾフの兄弟』も長大かつ深淵な物語ですが、『風の谷のナウシカ』もまた、大河ドラマと言ってもいいほど大きく深い物語です。
現代のかかえる問題を物語として著し、現代を映すカガミとしている点では『源氏物語』をはじめ様々な古典的作品にもつながると思います。
読書において、小説を読むことは自分一人では経験できない「他人の人生や生き方」を経験できる貴重なものと考えます。
そして、古典と呼ばれる作品はその時代の人々の考えや背景を表現するのみならず、それが後世で読まれたとしても、時代に応じて解釈することが可能で、当てはまることの多い作品と言えます。
そういう中で、『カラマーゾフの兄弟』や『風の谷のナウシカ』は、人間の普遍的な性質を表現し、場合によっては読者に未来を考え生き方を変えることを促してくれる作品だと感じます。
小説を読むと、自分の人生の地盤、あるいは進行軸がほんのちょっと変わる気がしますが、こういった素晴らしい作品に触れるとその変化が大きく、後々まで自分の人生に浸透して影響を与えてくれるような気がします。
ぜひ、漫画『風の谷のナウシカ』と併せて読んでいただきたい一冊です。