手と紙による対話

2022年1月29日

たった一通の手紙が、人生を変える 水野敬也 文響社

我々は、言葉を使うことで自分の考えを他の人に伝えることができます。

声は、主に口による音の組み合わせで言葉を作り、それを空中に漂わせ相手の耳に届けます。ときに電話などにより遠くの人に届けることもできます。

文字は、主に手で書いたり打ったりして言葉を作り、それを紙やディスプレイ上に表示します。こちらも郵便やハト、ガラス瓶などを用いて遠くの人に実物を届けたり、電子信号として世界中に届けたりことができます。

このように、我々は自分の言葉を届ける手段はたくさん持つようになりました。しかし、それぞれの手段は言葉だけではなく、さまざまな特徴も運んでくれる思います。

たとえば、声を使うとき。対面で話すのと電話で話すのとでは、かなり情報量が異なります。メラビアンの法則は、話の内容はともかく、視覚情報がコミュニケーションに大切であることを示唆しています。

では、文字についてはどうでしょうか。手書きの手紙とプリントした活字の文書、あるいは電子メールなどディスプレイ上でのやりとり。

文字の大きさ、きれいさ(あるいはきたなさ)など、個人の特徴が、対話における視覚情報のように見て取れる「手書きの手紙」が、情報量として最大だと思います。

仕事では報告、連絡、相談のための電子メールや報告書、レポートなど、さまざまな場面で「手紙」に属する文章を書く機会があります。

文書作成やメールなど、なにげなく業務的にこなしている気がしますが、この本を読むと手紙を書くことの深さや、自分と周囲に与える影響についても感じることができます。

手紙の書き方についての書籍は他にもあり、ネットでも書式や敬語の使い方など手紙の書き方に関する情報はたくさんあると思います。

しかしこの本は、手紙に込める気持ちや心構え、あるいは相手だけでなく自分に与える影響も教えてくれる点で、優れていると感じます。

そして、そういう苦労をしっている人たちだからこそ、私の書いた手紙に対しても、温かい対応をしてくれたように思うのです。

こうして様々な人たちと手紙を交わすことができた私は、そこでのやりとりを通して他者への気遣いやサービスの本質を学ぶことができました。(P5)

さらに、手紙を書くという行動が、自分にどう影響してくるのかが分かります。

手書きで手紙を書くことは、非常に神経を使うことです。誤字脱字に注意して、バランスに注意して、相手のことを思って。

こんな大変な作業であることを考えると、手紙を書くという行動がまさに、すぐにではなくても自分の「人生を変える」動力になる気がしてきます。

結構こういったノウハウ本(失礼!)は、一回読むと「あとはいいや」と本棚行きのことが多いのですが、この本はちょっと机に常備しておこうかな、と思った一冊でした。

相手に「感謝・感動」を伝える時のポイントは、次の二つになります。

・具体的であること

・本音であること

(P23)

この本では、こういった手紙による伝え方や書式、礼儀作法といった、それこそ“ノウハウ”もしっかり書いてくださっています。

誰かに何か依頼するときなど、「日頃よりお世話になっております」だとか「ご高配ありがとうございます」などといった決まり文句を使います。

もちろん、感謝の念がないわけではありません。しかしこれらは常套句であり、もはや受け取るほうもそのまま受け取っているわけではないでしょう。

だから、本当に(いつもが見せかけというわけではありませんが)感謝を伝えたい時には、こういった常套句ですませるのではなく、具体的なエピソードで述べるということです。

相手との共通のイベントを引き合いに出し、そこでこちらが感じた相手への感謝の気持ちを、こうこうだったから有難かった、と書くのです。

また、「感動」も伝えにくいことです。「感動しました!」などと書いても、自分の胸の中のこの感動は、相手にはなかなか伝わりません。

そこはやはり、相手にもありありと情景が思い浮かぶように、具体的なエピソードを盛り込み、どのように感動したかを伝えるのがよいでしょう。

手紙は残ります。もちろん、電子メールも残りますが、その重さはケタ違いだと思います。

話し言葉はすぐにその場から消えてなくなりますが、手紙は捨てられなければ相手の手元に残ります。

言葉の難しい点の一つに、こちらから放出してしまってからは、その言葉を相手がどうとらえるかは相手次第というところがあります。

そのために、こちらの意図通りに伝える技術が大切にされています。コミュニケーション術の大半はそういったものです。

すぐに雲散霧消する声は、その一時に相手がどう解釈したかによります。しかし、手紙は残ります。あとから、境遇の変化した相手が読み返したときに、また違った意味を見つけてもらったり、あるいは誤解されたりすることもあります。

残るから変なことは書けない、ということもありますが、「古き良き時代」というように、過ぎ去ったことは良く見えるので大丈夫です。

手紙を送ってくれた相手は、もう内容についてはどうすることもできない。あとは、いかに受け取り側が相手のことを考えて、解釈するか。ある意味、手紙には対話の要素がふんだんに含まれているかもしれません。

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文字の分類の一つには、表音文字と表意文字という分け方があります。ひらがなやカタカナなど、音だけを表す前者と、漢字や象形文字のように文字そのものが意味を表すものです。

しかし、それ意外にも手で書いた文字には様々な要素が含まれています。表意するだけではなく、線の太さ、曲がり・はね具合、間隔、ときには書いた人の感情さえも感じられます。

紙の色味や、紙質、経年変化も大切な情報となります。このあたり、電子書籍と紙の本の違いにも通じるところがあるかもしれません。

きれいな文字の並んだ手紙を見ていると、それだけでほっこりとして穏やかな気持ちになることもあります。

手書きの手紙には、そんな文字情報を伝えるという意義だけではなく、相手の感情に影響を与えると思います。

絵手紙も流行ったこともありますが、こちらも絵を添えることでさらに相手の感情や右脳にも働きかける効果があるのでしょう。

たしかに手紙はひと手間かかります。しかし、この苦労に意味があるのだと思います。

なんとなく、お礼状や何かの機会に、積極的に手書き手紙を書こうかなという気分になる本でした。

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