アイデアの作り方 ジェームス・W・ヤング 今井茂雄 訳 CCCメディアハウス
パッと出たアイデアが世の中を変えたり、生活を変えたりすることがあります。
我々も仕事のなかでルーチンワークをこなしながら、ときどきアイデアを生み出し、業務内容を改善や仕事内容の進歩をはかります。
そういったアイデアは、“ひらめく“という言葉に代表されるように、突然現れるものという印象が強いです。
もちろん、その下準備として調べたり考えたり話し合ったりといったことは必要ですが、ある程度偶然に左右されるものととらえがちです。
今回ご紹介する本は、そんなアイデアを“作る”方法、つまり“作り方”の本です。
出版は古い本ですが、出版当時から世界中で多くの人に読まれており、文化の発展に並々ならぬ貢献をしてきた本ではないかと思います。
“アイデアは一定の過程で作成するもの”という著者の主論は、アイデアを偶然任せのようにとらえがちな我々に、違った見方を与えてくれます。
小さく短い本で、字も大きめで、すぐに読みきることができますが、書かれていることはアイデア生成のエッセンスであり、ときどき読み返したい本だと思います。
私はこう結論した。つまり、アイデアの作成はフォード車の製造と同じように一定の明確な過程であるということ、アイデアの製造過程も一つの流れ作業であること、その作成に当って私たちの心理は、習得したり制御したりできる操作技術によってはたらくものであること、そして、なんであれ道具を効果的に使う場合と同じように、この技術を修練することがこれを有効に使いこなす秘訣である、ということである。(P18)
アイデアは直感や偶然の産物ではなく、製造の過程があるということです。
アイデアの作成は自動車の組み立てのような流れ作業であり、その技術については修練することによって使いこなすことができるということです。
修練すればアイデアの作成も、使い慣れた道具を使いこなすように可能となります。
なんとなく、アイデアというものは偶然や思いつき、よく言えばインスピレーションの産物のような感じがします。
もちろん、アイデアを生み出すことを考え続ける必要はありますが、そのように考え続けて、アイデアが出てくることもあれば、出てこないこともある、といった印象でした。
しかし、著者はそれを否定し、一定の作成過程があると言っています。
たとえば、研究のアイデア(どのような研究を始めるか、テーマ、仮説)を考えてもなかなか出てこないときなど、このアイデア生成過程を知って応用することができるかもしれません。
即ち、アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないということである。
関連する第二の大切な原理というのは、既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きいということである。(P28)
だから事実と事実の間の関連性を探ろうとする心の習性がアイデア作成には最も大切なものとなるのである。(P31)
広告のアイデアは、製品と消費者に関する特殊知識と、人生とこの世の種々様々な出来事についての一般的知識との新しい組み合わせから生まれてくるものなのである。(P38)
ここで著者はアイデアという概念について二つの原理を直言します。第一にはアイデアというものは「既存の要素の新しい組み合わせ」でしかない、と。
アイデアというと、まったく新しい考えであり、それこそ“オリジナル”なもの、新しく生み出されたものという印象があります。
しかし、そうではなく、「既存の要素の組み合わせ」と言っています。
つまり、人が考えもしないようなものからアイデアが出てくるのではなく、この世に存在するものから生まれるわけです。
この世に存在するものというのは、どのようなものがあるのか。これはその人の知識や経験、あるいは自分の外、つまり本や資料からの知識によると思います。
第二にはそういった既存の要素をうまく組み合わせて「アイデア」として生成する能力は、要素間の“関連性“を探り、見出す習性が重要であるということです。
関連性とはどのようなものでしょうか。一つはたとえば要素のレベルの違いを考えると分かりやすいかもしれません。具体的なもの、抽象的なものということを考えて、具体から抽象、抽象から具体ということです。
分かりにくいので例えるならば、麻婆豆腐(具体)もカレー(具体)もある程度トロミがついています(抽象)。
カレーはご飯にかけて、おいしいカレーライス(具体)ができます。ではトロミがついているもの(抽象)ならご飯にかけてもいいのではないか!ということで麻婆丼(具体)ができます(分かりにくい・・・)。
具体と抽象のいったりきたりには様々な論理的方法が昔からあると思います。演繹や帰納といったものもそのうちに入るかと思います。
麻婆豆腐とカレーからトロミのある食べ物であるというのが帰納、そしてトロミのある食べ物はご飯にかけてもおいしいということから、麻婆丼やカレーライスを作るのが、演繹でしょうか(分かりにくい・・・)。
・・・苦しいので、次に移ります。
第一はもし諸君がこれから何か特殊な資料を集めるかなり大きな事をやらなければならないとしたら、それにはカード索引法を勉強されると有益だということである。(P40)
第二の提案というのは、ある種の一般的資料を貯えるのにもスクラップブックとかファイルのような方法が有益であるということである。(P41)
アイデア作成工程の順に沿って説明が続きます。まずは作りたいアイデアを考えるのに役立つ「資料」を集めます。
料理であれば自分が思い描く料理に近いようなメニューのレシピでしょうか。小説のストーリーであれば、同じような背景の小説を読んでみることでしょうか。
研究であれば、自分が考えようとしている内容に似た、あるいは近い先行研究の報告を調べることでしょう。
カード索引法は、PCが発達した現代ではあまり使われないかもしれませんが、カードに要旨を書いて並べたり、組み合わせたり、あるいは混ぜたりすることでもアイデアの元となるかもしれません。
資料はスクラップブックやファイルのようにまとめるということです。これもPCではどんどんファイルを作って階層化することができます。
ただ、PCではそれらのファイルや資料はまずアイコンとして表示され、それを開いてみることになります。場合によっては、ならべたプリント資料をザッと眺めるようなことも役に立つかもしれません。
まとめ方とは違いますが、付箋に要素要素を書いて、ボードに貼って眺めるというのも、良い方法だと思います。
いずれにしても、次項の第二に書かれていますが、資料に自分なりに手を加えて(あるいは手を焼いて)、資料となじみ、少しでも自分の身体の一部にしておくような感じが良いのではないでしょうか。
以上がアイデアの作られる全過程ないし方法である。
第一 資料集め―諸君の当面の課題のための資料と一般的知識の貯蔵をたえず豊富にすることから生まれる使用と。
第二 諸君の心の中でこれらの資料に手を加えること。
第三 孵化段階。そこでは諸君は意識の外で何かが自分で組み合わせの仕事をやるのにまかせる。
第四 アイデアの実際上の誕生。<ユーレカ! 分かった! みつけた!>という段階。とそして
第五 現実の有用性に合致させるために最終的にアイデアを具体化し、展開させる段階。(P54)
ここで、アイデア作成工程の全体について、まとめられています。
第三の孵化段階。資料を集め、まとめられ下ごしらえされた資料は、いったん寝かされます。パンの作成のようですが、パンの作成でも重要な作業です。
ここでは潜在意識も働いて、アイデアの発酵が行われます。
常に資料とアイデアについて「考え続ける」ということも大事です。しかし、ときには表面上はそのことを忘れて、ゆっくりくつろいだり、音楽を聴いたり、風呂に入ったり、あるいは瞑想したり、西田幾多郎のように禅や歩くことによって、アイデアの孵化が行われます。
そして、ちょっとした周囲環境の働き掛けもあるのかもしれませんが、アルキメデスが風呂で思いついたように、ニュートンがぼんやりとリンゴの落ちるのをみて思いついたように(これも諸説ありますが)、アイデアが誕生するわけです。
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まあ、実際このような工程を考えてアイデアを出すという機械的な流れにはいかないかもしれません。
ただ、いろいろ考えているときに、自分は今どの段階かなと工程を意識してみるのも、いいのではないでしょうか。
つまるところ、資料集めやその資料をまとめることなど、自分でできることはやって、あとは比較的時間をかけてアイデアを醸成するということです。
“人事を尽くして天命を待つ“といったところでしょうか。
アイデアの醸成については、あまり一つのことや雑多なことを考えないで、脳のデフォルトモードネットワーク(default mode network)に任せる感じで考えを進めるということかと思います。
デフォルトモードネットワークというのは、何か一定の思考や関心や注意を伴わない、ぼんやりと安静状態にある脳が示す神経活動のことで、意外と活動が活発で脳血流も増加している脳部分があるようです。
その方法としては、ここで述べた音楽や風呂や散歩などとともに、禅や瞑想といった古くからの方法もあるでしょう。
瞑想というと大仰ですが、潜在意識や普遍的無意識などからも助けを得る一つの方法なのだと思います。
それこそ、日頃使わない部分からヒントを吸い込む“インスピレーション”というものでしょうか。