貞観政要に学ぶリーダー論

2020年3月8日

座右の書『貞観政要』 出口治明 角川新書

歴史を学ぶ意義の一つとして、過去の人々の考え方、行動、およびその結果を現在の我々の生き方に反映するというのがあると思います。

しかし、それこそ時代背景も違い、文化・政治背景や根本的な考え方や食料事情、地理的条件も現在とは異なるなかで、何が生かせるのかというが問題となります。

そこで必要なことが、「抽象化」することと、再度「具体化」することです。

たとえば織田信長が当時伝来した鉄砲をいち早く取り入れて戦いに勝つことができたという話があります。それを抽象化すると、それまでなかった技術をいち早く取り入れることによって、優位にたつことができる、ということでしょう。

それを現在に生かすためには、たとえば他社との商品競合において鉄砲を持ち出すのではなく(文化・政治背景などからキケン)、新しい生産システムの提案や、新規アイデアによる価格の大幅な刷新などを取り入れてプレゼンしてみるというわけです。

歴史にしても、難しい専門的な話にしても、比喩、たとえ話というのは、相手に理解してもらううえで、重要な工夫です。

そして、この本の著者である出口さんこそたとえ話の達人ではないかと思います。氏は経営者時代のノウハウを生かした仕事に関わる書籍や、ご自身の幅広い教養に加えて「腑に落ちる」説明を加えた歴史、哲学に関する書籍を数多く著しています。

専門的な知識や考え方も、歴史や哲学の難解な事柄も、卑近な例を持ち出して呑み込みやすく話してくださいます。卑近という言い方をすると低俗に感じますが、抽象化によるその「話」のエッセンスは保持しつつ、聞いている人のレベルに合わせて分かりやすく説明してくれるわけです。

このあたり、お釈迦様の対機説法にも通じるところがあるかもしれません。相手の知識や理解のレベルに応じて話の説明の仕方を変えることです。

古来、聖書でも中国古典などによる故事成語にしても、広く人々に受け入れられ、腑に落ちる言い方をしてくれたから、現在に生き残っているのです。また、広く人々に理解されているのです。

出口さんご自身が、物事の理解において自分の「腑に落ちる」ことを大事にしているから、お話を聞いている我々が「腑に落ちる」ことができるように説明してくださいます。

今回ご紹介する本は、そんな出口さんによる『貞観政要』についての著書です。『貞観政要』は唐の第2代皇帝太宗による政治の時期であり「貞観の治」ともよばれた、歴史上まれにみる安定期の、その政治について記載された書です。

そこには、現在にも通じる「長たるものの考え方」「部下との付き合い方」「組織の考え方」といった、いわばリーダー論が述べられています。

もちろん、時代は異なる現在においても十分通用する考え方であり、少しでも後輩や部下に教える場がある人や、まさしくリーダーとして活躍している人に読んでいただきたいと思います。

人間はそれほど賢くありません。理屈で納得しただけでは、そのときはわかったつもりになっても、すぐに忘れてしまうことがある。ですが、比喩を織り交ぜると、読み手(聞き手)が、その比喩に自分の知識や経験を照らし合わせることができるので、「腹に落ちる」という感覚が生じてよく理解できます。(P72)

まずは、出口氏による「腹に落ちる言葉」について。

『貞観政要』をはじめ、様々な中国古典、あるいは聖書や仏教経典には、多くの比喩を用いた説話・逸話が盛り込まれています。

ここで氏が述べるように、物事は理論だけで分かった気がしますが、比喩によって自分の身近な例にたとえて考えることで、「腹に落ちる」状態となり、なるほど!となるわけです。

身近な例を提供されると、自分でもその例について自分の知識、記憶、経験をもとに考えてしまいます。その「自分で少し考える」ことや、「分かった!」ときの少しの感激(感情)がプラスされるのが良いのではないでしょうか。

読書においても、話の内容を常に自分であったらどうするか、自分の仕事や生き方においてはどのようにあてはなるだろうか、と考えながら読む方法があります。

田坂広志氏はこれを「走馬燈リーディング」と紹介しています。常に自分に照らし合わせて読むことにより、内容がより自分のなかに入ってくるし、居続けると考えられます。

いっそ「上司の器」は「空っぽ」にする

今、自分の器の中(頭の中といい換えてもいいでしょう)に入っている、好き嫌いの感情、仕事観や人生観、ちょっとはいい恰好をしたいという見栄、あれが欲しいという欲求、自分は正しいという思い込み、まわりは間違っているという偏見、上から目線などといったものをすべて捨てて、無にしてしまう。頭の中をゼロの状態に戻すことができれば、器が大きくならなくても、新しい考え方を吸収し、自分を正しく律することができるのではないでしょうか。(P89)

上司となった人も、それまで様々な苦労を経験して上司となったわけですから、自分の仕事や生き方についての仕事観や人生観はもとより、見栄や矜持などあると思います。

しかし、目まぐるしく変わる仕事や環境のなかでは、上司といえども自分の考え方だけで判断できるわけではなく、下からの情報や考え方を能動的に汲み取って考える必要があります。

そのために、自分の「器」に容量が必要です。そこで問題になってくるのが、器のスペースをいかに確保するかということです。

器を大きくするのは、なかなか大変です。その人にそれまでの育ちや教育環境によるでしょう。そこで、ここで提案されているのは器の中に入っている余計なものを「捨てる」ということです。

いろいろな考えはあるでしょうが、まずそれを空っぽにして、部下からの情報や進言、これまで偏見という色眼鏡で遮ってきた考え方も取り入れてみる、ということです。

自分のアンテナを広く張り延ばすということでもあり、謙虚さ、あるいは教育における「教わる力」にも通じるかもしれません。

上司は部下の権限を代行できない。これが、権限を付与するときの基本的な考え方です。ひとたび権限を委譲したら、その権限は部下のものであり、上司といえども、口をはさんではいけません。(P94)

理解すべきは、自分の職務(機能)に関係があるものの「範囲」

「多くのことを忘れずに記憶していると、心を損ないます。そして、多くを語れば、気を損ないます。内に心と気を損なうと、外に肉体と精神を疲れさせます」(巻第六 慎言語第二十二 第三章)(P105)

上に立つ人は、知りたがり屋でも、話したがり屋でもいけない。(P106)

ここでは、上司の行動について述べられています。基本的に上司は知識や技術、経験上も部下の仕事を行うことができます。しかし、だからといって部下の仕事を自分でやってしまおうということはダメです。

部下には部下の、上司には上司の役割があります。それを自覚して、あえてだまってみているということも必要だと思います。もし、部下が相談などしてきたら(内心、待ってましたなどと思っていても表面には出さずに)、「どれどれ」と相談にのるわけです。

これを上司が部下の仕事まで、どんどんやってしまうと、部下も自分の仕事がとられた、勇気がくじかれたと感じてしまいます。

真ん中に引用しているのは『貞観政要』の内容ですが、上司も部下の仕事の内容まで「自分がやっているかのように」気を使ってしまうと、それはそれで疲れるものです。

本当に自分の職務として大切なことに集中し、部下の仕事はまず部下に任せてほしいものです。

「知りたがり屋」という属性は、ここでは“いけない”と述べられています。しかし、最近は(私も含めて)あまりズイズイと上司になんでも報告するという雰囲気が薄まっていると思うので、上司としてこの属性はあってもいいのではないかと感じます。まあ、職場環境、人間関係によりますが。

「話したがり屋」についても、ある程度部下が自分で考えて解決への模索をするというのも大事なので、すぐに解決策を言ってしまうというのもどうかと思います。

ましてや、たわいのない雑談(これも部下の身でそう感じるだけであり、上司からすれば大事な話なのかもしれません)で、時間を費やすのは、時間がある時には結構ですが、疲れることもあります。

そういった気遣いが、部下を伸び伸びと働かせ、かつリーダーが心身の健康を保つのに重要だと思います。

「三つの鏡」を大事にする

一、銅の鏡(実物の鏡) 「部下が自然についてきてくれるような“いい表情”をつくれているか」

二、歴史の鏡 「将来に備えるための教材は、歴史(過去)しかない」

三、人の鏡 「耳に痛いことをいってくれる人がいなければ、裸の王様になる」(P129)

まず、壁にかかっている鏡でも手鏡でも見て、自分の顔を確認しましょう。まず、不機嫌は罪です。そういう本もあったと思います。これは機嫌のみに関わらず、表情もそうです。

なにもいつもニコニコいていろというわけでもありませんが、部下からの相談や部下への指導のさいは、状況にもよりますが威圧的にならず穏やかに願いたいものです。また、自分もそうしたいものです。

情報を取り入れる面でも、不機嫌な雰囲気では不利です。

次に歴史です。歴史は、たくさん勉強して現在と未来に生かしてこそ意味があります。そのためには、最初にも述べましたが「抽象化」と「具体化」の考えが重要です。

最後に重要なことが、人の鏡です。つまり部下を含めて周囲の人を自分の姿を映す鏡と考えるわけです。ここでは、人からの反射、つまりどのような反応、言葉が返ってきているかがポイントです。

部下の言ってくれたことは、上司に発言するということは、よほど伝えたいことなのだと思いますので(あまり考えずに言ってくることもありますが)、まず耳を傾けるべきです。

そして、場合によっては自分よりも部下のほうが勉強していて知識があったり、経験をもとにした知恵があったりすることもあります。

上司としては、さきほどの「器」の話かもしれませんが、感情やプライド、偏見などを排して、まずは聞いてみることです。

そうしないと、いずれ耳によい報告しか上がってこなくなります。

たんたんと、「言うべきこと」を言うコツ

「間違った判断」の根元には「感情」がある

「人の意見というものは、常に同じだとはかぎらない。だから、政務を正しく行うためには、意見の是非を論じるべきである。ところが自分の過ちを聞くのを嫌がったり、『自分の考えを否定するのは、自分のことを恨んでいるからだ』と思う人がいて、また、個人的に気まずくなるのを避けようとして思っていることを口に出さなかったり、間違いを指摘すると相手の面目を潰してしまうと黙っている人がいる。こうしたことがやがて大きな弊害となって、国を滅ぼしかねない」(巻第一 政体第二 第二章)(P204)

あります。どうしても上司には「良く見られたい」という気持ちはあるでしょう。なるべくなら「悪い報告」をして上司の機嫌を損ねることは避けないと思うこともあります。

しかし、そういった「感情」に配慮なんかして仕事や生き方を進めるのもどうかと思います。「感情」は、特に「怒り」などの負の感情は、それほど重要なものではなく、受け流して内容のメッセージのみを受け取ればいいのです。

考え方としては、この報告はお客さんや患者さんのためになるかどうか、というところだと思います。

「ためになる」のであれば、予想される気まずさなどは気にしないで、伝えればいいわけです。

「少数」にするから「精鋭」が生まれる

「政治をする上で大切なのは、部下の才能を見極めて、その人に適した職を与えること。そして、役人の数を減らすことである。書経には、『役人には、賢くて才能の有る人物を用いよ。人数は少なくてもいいから、その役職にふさわしい人を任命せよ』と書かれてある。良い人物が見つかれば、役人の数が少なくてもかまわない」(巻第三 論択官第七 第一章)(P216)

パレートの法則(世の中はだいたい2割の部分で支えている、例えばある会社の売り上げの大部分は2割の社員の働きによる)というのがあり、その派生のようですが、働きアリの法則というのもあります。

つまり、いろいろなたとえはありますが、職場に10人いれば、2人はバリバリ働き、2人は怠けており、6人は普通の働きで上下に移行、交代することもあるという感じだったと思います。

人数が増えれば仕事が楽になるとは限りません。仕事量を人数で割ったものは確かに少なくなるでしょう。しかし、質の問題であったり、結局一部の人だけがバリバリ働いていたりします。

ここで引用されているように、優秀な人を少数というのがいいようです。少数であれば、あまり働きアリの法則も当てはまらず、それぞれが自分の割り当ての仕事を遂行しなければという自覚が持てるのではないでしょうか。

また、「優秀」な人物がいなくても、そこは教育するわけです。人数を増やすことだけにかまけず、同時並行で教育に熱を入れることも必要です。

******

ここで引用したほかにも、「創業」と「守成」はどちらが難しいか(会社や職場を新たに興すことと、それを受け継ぎ、事業の基礎を固めること)など現在の組織にも十分に当てはまる事例がたくさん盛り込まれています。

見方によっては『貞観政要』をもとにした出口さんの仕事論のような気もします。しかし、仕事論や人生論などモヤモヤした相手に立ち向かうときには、なにごとにも切り口、とっかかりは必要です。

とくにこういった古典の大部を読むには、いきなり原著を読み始めてもあまりピンとくることは難しいでしょう。だから、自分の境遇にマッチした解説書のようなものが、切り口、とっかかりとして最適だと思います。

そもそも、古典というのは、書いた作者当人はどのような意図をもって書いたのかは、それこそ歴史上の話であり、はっきりしないこともあります。

聖書でも仏教経典でも、こういった中国古典でも、その後に地理・歴史的な影響もさながら読み伝えよう、解読しようと連綿と続けられた人々の営みのなかで、本体とは異なる解釈体系ができるのは当然だと思います。

聖書にしてもユダヤ教、キリスト教、あるいはイスラム教が派生しました。キリスト教のなかでもカトリックやプロテスタントといった宗派が分かれました。そして仏教でも上座部仏教であるとか、大乗仏教でも真言宗だとか曹洞宗だとかの宗派として分かれています。

原本の意図とは多少異なってしまっているかもしれなくても、そういった豊かな解釈がそれぞれの多様な時代を生きている人々の生き方に方向を示してくれるのです。

今回の本で出口さんが解説してくださったように、古典の解釈は今の自分の状況に合わせて、そこで生かせるように解釈することが重要なのではないかと思います。

他には

100分de名著 貞観政要
出口治明 NHK出版

NHKで放送された100分de名著のテキストです。

今回ご紹介した本と同様、出口氏の解説により『貞観政要』の内容を理解することができます。

はやり、大事なのは「部下の話をよく聞きましょう」ということです。部下も、魏徴のように上司にどんどん進言するようにしたいものです。

貞観政要 守屋洋
ちくま学芸文庫

中国文学者であり、論語や老子など数多くの中国古典の解説に詳しい守屋洋氏による、解説の書です。

全編から70編を精選し、解説しています。

『貞観政要』の内容をより多く知りたい人にお勧めです。

帝王学 山本七平
日経ビジネス人文庫

論語や孫子などの中国古典はもとより、歴史論や日本人論についても著書の多い山本氏による『貞観政要』の解説です。

解説とはいっても、氏の意見がふんだんに取り入れられており、『貞観政要』を実際の職場、人間関係にどのように生かすかという点で、示唆の多い一冊です。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。